「とりあえず出してみて」という罠。責任を取らない役員が仕掛ける『既成事実』の作り方
「今日のブログの題名は、とりあえず書いてみて。たぶんダメだろうと思うけどさ」
部長はいつもの軽い調子でそう言った。一見、部下の自主性を重んじているようにも、あるいは謙遜しているようにも聞こえる。だが、この言葉の裏には、巧妙に計算された「責任の所在をうやむやにする技術」が隠されている。
今日は、組織の中で静かに行われる「お墨付け」という名の責任転嫁について書きたい。
「君が出した数字」という魔法
今回の件で、部長が私に求めたのは「目標設定」だった。
しかし、そこにはあらかじめ「前年比10%アップ」という役員会向けのデータが、彼の頭の中には完成していたのだ。
部長が私に「とりあえず」と言って数字を出させた理由は、主に3つある。
1. 「ボトムアップ」という形式の捏造
役員が独断で決めた数字ではなく、「専任担当者が現場感覚で出した数字」というお墨付けが欲しい。
2. 逃げ道の確保
もし目標が未達に終わった時、「これは担当の彼が意気込んで出してきた数字だから」と言い訳ができる。
3. 既成事実化
私が一度でも数字を口にすれば、それは「合意」とみなされる。
振り分けられる「責任」と、残る「数字」
こうして私が(なかば誘導されながら)出した数字は、部長の手によって「専任担当者のお墨付け」というラベルを貼られ、各支店へと振り分けられていく。
支店長たちは、その数字の根拠が「前年10%アップ」という機械的な計算であることを知らない。ただ、「本社で専任が練り上げた戦略的な数字だ」と聞かされるのだ。
結果として、部長は一切の泥をかぶることなく、数字の責任を現場と私に押し付けることに成功する。まさに「責任を取らないための、最高にクリエイティブな仕事」である。
おわりに:組織の潤滑油か、それとも
「とりあえずやってみて」
この言葉は、本来挑戦を促すポジティブなものだ。しかし、それが「責任からの逃避」に使われる時、組織の信頼関係は少しずつ、だが確実に摩耗していく。
私は今日、部長に言われた通りにブログを書いている。
これもまた、「彼が勝手に書いたこと」として処理されるのかもしれない。だが、こうして言葉にして残すことで、せめて自分の中の違和感だけは、既成事実にされないように踏みとどまりたいと思う。
先代の影に隠れる「かつての戦友」
かつては同じデスクで苦楽をともにした。それがいつの間にか、先代社長の懐に入り込み、「お気に入り」という透明な防弾ガラスに守られる存在になっていた。そして執行役員になり私は嘱託になる。
会社が大手の子会社になり、実質的な「身売り」という敗北を突きつけられたあの日。現場の誰もが将来への不安に震える中で、彼だけは変わらなかった。いや、変われなかったのかもしれない。
「俺のせいじゃない。先代のやり方を引き継いだだけだ」だから身売りする羽目になったんぞゃないのか?
彼の背中がそう語っている。自分の判断ミスや、保身のための無策が、どれほど組織の体力を削いできたか。それを直視することは、彼にとって「先代に認められた自分」という唯一のプライドを崩壊させることと同義なのだろう。
だからこそ、彼は「とりあえず出してみて」という言葉を私に投げ、責任を分散させるという小細工に走る。かつて隣で笑い合っていた同僚を、自分の保身のための「防波堤」として利用することに、もはや躊躇(ちゅうちょ)はない。
その「威厳」とやらは、過去の亡霊が残した砂上の楼閣だ。親会社が変わり、ゲームのルールが書き換えられてもなお、先代の影に隠れて自分を「選ばれし者」だと信じ込んでいる。その姿は、客観的に見ればあまりにも滑稽で、そして救いようがないほどに情けない。
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