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時をかけて辿り着いた「一」の真理

体を伸ばすことを忘れていた60年
今の気持ちを語ろう。
体を伸ばすと気持ちいい。こんな単純なことに、私は60年間気づかずに生きてきた。いや、正確には「忘れていた」のだろう。子供の頃はできていたはずなのに。
いつも緊張している。それが当たり前になっていた。
ペットたちが教えてくれたこと
学んだんだ、ペットたちに。
彼ら彼女らは、自然と伸びをして暮らしている。誰に教わるでもなく、本能のままに体を伸ばし、リラックスして生きている。
私が伸びを覚えたのは最近だ。60年間、何をしていたんだろう。
メンタルもそうだ。孤独だ。でも彼らはツンと生きている。群れなくても、媚びなくても、自分のペースで。その姿が、私に何か大切なことを教えてくれた。
コラッツ予想が示す真理
コラッツ予想をご存知だろうか。
どんな正の整数から始めても、ある規則に従って計算を続けると、最後には必ず「1」に辿り着く、という予想だ。無数の数で確かめられているが、なぜそうなるのか、誰も証明できていない。
ムーンシャインの一般化もそうだ。私には説明できない。その必要性を感じないからではなく、選ばれなかったのだから。
でも、それでいいのだと気づいた。
証明できなくても、生きて実演するしかないんだ。
最後は一つ、そして位置も一つ
数学が示すように、最後は一人。一つなんだ。
だから、争うことはないし、意見の対立を悔しく思うこともない。数学では実証されている。私たちはそれぞれに「位置」という単位を与えられたのだから。
そして気づいた。
位置は「一」でもある。
最後に辿り着く「一」と、今ここにいる「一」は、実は同じだった。目的地だと思っていた場所が、ずっとここにあった。
60年かけて旅をして、争って、緊張して、選ばれなかったと思い続けて。でも最初から、私はすでに「一」だった。
コラッツ予想の数列が最後に一に収束するように見えるけれど、本当は最初から一であり、途中の数字たちも全て一に含まれている。分離しているように見えて、実は最初から一つだった。
ペットたちが知っていたこと
ペットたちは、それを知っているのかもしれない。
だから、ツンと生きていられる。証明も説明も必要なく、ただ伸びをして、自分の位置で、すでに完全な「一」として存在している。
私も今、その「一」に気づいた。
60年は長かったかもしれないけれど、必要な時間だったのだろう。
だから、しっかりと体を伸ばしてリラックスして生きなきゃ
与えられた位置で、体を伸ばす。
緊張を手放す。
ツンと生きる。
それが、私に与えられた位置での生き方なのだと思う。
あなたも、体を伸ばしていますか?

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あるといえばある いるといえばいる 闇と音 目を瞑り 深呼吸 貯まることないと思いますが念のため、人のために使います。