見出し画像

「新宿の猫と、渋谷の秋刀魚」

ここは穴場だ、と思って入ったら満員だった。
新宿の東口は、いつ行っても人で濁っている。外国語が飛び交い、客引きの声が重なる。その雑沓の上に、ふと、あの猫がいる。

にゃー



クロス新宿ビジョンの三毛猫である。箱の縁から身を投げ出すようにして、腹を見せ、舌を少し出したまま、こちらを見下ろしている。巨大なビジョンの中で、あれだけが妙に生々しく、また、どうしようもなく怠惰である。炎天下のコンクリートの上で昼寝をする路地の猫と同じ顔をしている。都会の真ん中で、たった一匹だけ江戸の昼下がりをやっているのだ。

私はしばらく立ち尽くして、その猫を眺めていた。猫は何もしない。私も何もしない。ただ見上げる。そういう時間が、近頃は少なくなった。

新宿の路地は狭い



ふと、コーヒーが飲みたくなった。山手線に乗る。たった二駅。車窓の外は、代々木の杜が一瞬だけ緑を見せ、すぐにまたビルに戻る。

向かったのは、渋谷スクランブルスクエアの 5 CROSSTIES COFFEE である。十四時二十四分。日曜の渋谷。空いているはずもないことは、承知の上だった。穴場という言葉ほど、当てにならぬものはない。誰もが穴場を探し、結果、穴場はどこにもなくなるのだ。これもまた、東京の常である。

案の定、店は満員だった。カウンターには列。コンセントにはすでに先客のPCが繋がれている。ここは穴場だ、と思って入ったら満員だった。当然の報いである。

5CCブレンド R
アメリカンコーヒー R

盆に乗せられた二つの紙カップを持ち、ようやく空いた隅の席に腰を下ろす。窓の外はスクランブル交差点。人が、蟻のように、切れ目なく渡っている。

一口啜る。

都市の血管



ああ、と思った。

酸味のあるブラジルのような味だ。

妙な譬えだ、と自分でも思う。だが、他に言いようがない。ブラジル・サントスという豆の、焼き菓子のような甘さと、その奥に、微かに残るスモークの香り。九月、初物の秋刀魚を七輪で焼く、あの皮の焦げる匂いに似ているのだ。苦味の中に、脂の乗った香ばしさがある。そして後口には、焼き林檎のような、柔らかな酸味がすっと残る。ブラジル・サントスの、あの善い酸味である。

秋刀魚の季節であることを、渋谷のビルの十四階で、コーヒーから教えられた。東京という街は、季節をこういう風に、回り道をして教えてくれる。

新宿の猫は、まだあの箱の上で腹を出して寝ているだろうか。あの怠惰は、下町の路地裏の長屋の昼寝に通じている。渋谷の満員のコーヒー屋は、対岸の盛り場の喧騒だ。どちらも東京、どちらも私の好きな東京である。

猫から逃れて、コーヒーに辿り着き、結局、秋刀魚を思い出す。人生も散歩も、こんなものである。

独りで苦笑し、もう一口。交差点の雑沓は、相変わらず途切れることがない。

> 5 CROSSTIES COFFEE 渋谷スクランブルスクエア店
> 渋谷駅直結。日曜の昼下がりは満員。電源あり。回転は早い。


いいなと思ったら応援しよう!

あるといえばある いるといえばいる 闇と音 目を瞑り 深呼吸 貯まることないと思いますが念のため、人のために使います。