過保護は治らない。でも、3人いれば薄まる。
「これ、ちょっと調べてみようかな」
そう思った瞬間、私は止まらなくなる。
長男が起立性調節障害と診断されたとき。
インターネットのありとあらゆるページを読んだのはもちろん、気づけば論文まで探しに行っていた。J-STAGE。今ではもう、私の御用達サイトだ。
普通の親は、ここまでやらないのかもしれない。
でも私は、気になったらとことん寄り添う。
とことん付き添う。
とことん先回りして、調べて、考えて、アドバイスもする。
これが行き過ぎるとよくないことは、自分でもわかっている。
わかっているのに、止められない。
3人とも、全然違うことで本気になっていた。
長女が小さい頃に描いていたキャラクター(名前はガニャニャ)。
親ばかだけど、なんだか将来性を感じてしまって。
著作権について調べ、そのあと商標登録についても調べまくった。
結論。
著作権は主張できるよう記録を残しつつ、商標権の登録は、長女がある程度自己判断できる年齢になるまで待つ。だから今、このキャラクターはこのnoteでしか発表していない。
次男は、将棋の才能があるらしい。
先生たちが期待をかけてくれている。
私はすぐさま将棋の世界を調べ、「好き」をそのまま伸ばすにはどうすればいいのか調べつくした。
プロ棋士の年収まで。
結果。
低学年のうちは自主性を優先しようと決めた。
将棋とゲームばかりしたい次男を諭しながら、学校の勉強を最優先に、でも将棋も次点で大事にする。
そんな日々を、今は過ごしている。
長男、長女、次男。
分野はバラバラなのに、私のやっていることはいつも同じだった。
気になる。
調べる。
とことん向き合う。
これはもう、直る気がしない。
それでも、後悔している場面がある。
長男が5年生のとき。
重度のアレルギーがあり、当時はアトピーがひどくて、一時スポーツ全般にドクターストップがかかるくらい悪化していた。
地域のスポ少でバレーボールを習っていたけど。同学年の中で上手だと褒めてもらっていたけど。数ヶ月様子を見たあと、辞めさせる決断をした。
最終的には、本人が「辞める」と決めた。
でも、正直に言うと。
半分以上、私が誘導尋問のように仕向けた自覚がある。
同じ場面にもう一度遭遇したら、たぶん私はまた同じ決断をする。
健康には代えられない。
でも、もっといい話し方があったんじゃないか。
もっと違う伝え方ができたんじゃないか。
今でも、たまに振り返る。
3人いるから、気づいたこと。
先回りする性格を、直そうとした時期もあった。
「待とう」「見守ろう」と、何度も自分に言い聞かせた。
でも、待つことも大切だとわかっていても、失敗も経験だと知っていても。
目の前でされると、我慢できずについ手を出してしまう。
それが、私という人間なんだと思う。
でも最近、ふと気づいたことがある。
うちには子どもが3人いる。
3人いると、入れ替わり立ち代わり、誰かが何かの課題にぶつかる。
だからいつも忙しい。
もしこれが1人や2人だったら。
きっと私は、やらなくていいサポートまで、我慢できずについやっていたと思う。
でも3人いるから、常にどこかで手一杯になる。
過保護なくせにキャパは小さいのが私らしい(笑)
その結果。
程よく放置、程よく過保護。
そのバランスが、狙ったわけでもないのに、自然とできあがっていた。
欠点は、消さなくてもよかった。「過保護をなんとかしなきゃ」と思っていたのに、実は3人いることで勝手に解決されていた。
過保護をやめようとしていた頃、私は「変わらなきゃ」と思っていた。
でも今は、少し違う。
変えられない特性を、無理やり変えようとしなくていい。
その代わり、環境や条件が、いつのまにか調整してくれていることがある。
私の場合は、それが「3人」だった。
もしあなたにも、直そうとしてもなかなか直せない特性があるなら。
それは、もしかしたら、どこかで意外な形にバランスされているかもしれない。
そんなことを、最近よく思う。
ちなみに、うちが600人家族だったら。
過保護になる暇すら、もうないかもしれない。
過保護な私と子どもたちの成長を書いた記事はこちらから↓
長女の考えたキャラクターをはじめとする絵たちはこちらから↓
で。私は結局どっちのお題で書いたんでしょう?
一応、「ちょっと驚いた話」のつもりです。
いつも楽しく参加させていただいているたかっちさんのお祭。
600でも書いてみたいけど、中々難しいぞ~。
たかっちさん、いつもありがとうございます。

