私の憧れの人
THE PILLOWSが解散を発表したのは2月1日。
個人的な話であれなのだが、祖母の葬式を終えて大阪に戻ってきた日に彼らが解散を発表したことが、なんだかただの偶然とは思えなかった。
私がPILLOWSに本格的にはまるようになったのは今から10数年前、某盲学校の音楽科で、クラシックピアノや声楽や音楽理論などを学んでいた頃だった。
それよりも前から彼らの存在はなんとなく知っていたけれど、「ストレンジカメレオン」と「ハイブリットレインボー」ぐらいしか知らなかった。
それがその当時の新曲「ニューアニマル」をたまたまラジオで聞いて、疾走感があるバンドサウンドと歌詞のかっこよさに、「このバンド、なんかいいかも!」と直感的に思ったのが「沼」の始まりだったかもしれない。
それからほどなくして、自分がやりたいと思っていた音楽の理想と、学校で習う音楽とのギャップの違いから授業についていけなくなり、人生で初めて心身を病んで実家に引きこもるようになった。
引きこもり生活を始めたばかりの頃、アルバム「PIED PIPER」のプロモーションで、東京FM系列の番組「ディアフレンズ」にボーカルの山中さわおさんが出演されていたのを聞いた時のことだった。
その当時の番組恒例の最後の質問、「神様があなたに表彰状をくれるとしたらそれは何賞がいいですか?」という問にたいしてさわおさんは、「しいて言うならNEXTビートルズ賞だけど、でも賞状はいりません。自分の価値は自分にしか分からないので」というようなことを答えたのだ。
その当時自分がやりたいことと、周りから求められることとのはざまでもがき苦しんでいた自分にとって、「あー、ここまで自分を信じて自由に生きられたならどんなに楽なんだろう」と、さわおさんの言葉に感銘と衝撃を覚えた。
その後すぐに「PIED PIPER」を購入して以来、一気にPILLOWSの「沼」にはまっていった。そしていつしかさわおさんが私の憧れの人になっていた。
「PIEDPIPER」以降、ニューアルバムが出る度に必ず購入するようになった。また彼らが出演するラジオ番組も、聞ける限りではあったが欠かさずチェックしていた。
PILLOWSの楽曲、およびさわおさんが書く、あるいは歌う言葉には、自分が全盲者であることで、周りとは違う、あるいは周りにうまく馴染めないことへの孤独を受け入れて、それでも自分を信じて突き進んでいく勇気を毎回もらっていた。
再び個人的な話であれなのだが、彼らの代表曲の一つでもある「ストレンジカメレオン」は、自分の葬式での出棺時に流してほしいと思っている。「羽田はこの曲みたいなやつだったなあ」と参列者に思ってもらえたらとてもありがたい。
そうだ、ライブにも1度だけ行ったことがあった。ZEP名古屋だっただろうか。MCでさわおさんが当時流行っていたくまむしの♪あったかいんだからー♪を偶然披露してくれたことは、たぶん今でも忘れないだろう。
そんなPILLOWSだったが、30代を超えた辺りから、彼らの動向をだんだんと追わなくなっていった。
べつに何かあったというわけではない。ただ本当に自然と心が遠ざかっていったという感じだった。
それでもどはまりしていた頃に何度も聞いていた楽曲は、今でもたまに聞いては気持ちを奮い立たせている。
そんなわけで、今回PILLOWSが解散したことに対して、驚きはしたがそれほどショックではなかった。
むしろ自分的にはこのタイミングでの解散は丁度よかったのかもしれないと思っている。
なぜなら今の自分にとって、PILLOWSの音楽の力を借りなくても、自分らしく自由に生きられていると思えるようになったからだ。
そんな私にとってPILLOWSの解散は、良い意味でPILLOWSの音楽を手放して、自分にしか歩けない自分だけの自由な道への一歩をようやく踏み出せたような、そんな気持ちだった。
それでもさわおさんは今でも私の憧れの人だということだけはずっと変わらないだろう。
