バーベキュー弱者
わたしはバーベキュー弱者だ。わたしに限らず、内向的人間にとってはハードルが高いタスクだと思う。何がいったい、そんなに難しいのか?
大学生になりたてのころ、バーベキューの集いに参加したことがある。そのときの目線を追ってみる。
BBQ弱者 Part 1(哀しみ)
なんの集まりだったかも覚えていない。たしか、社交性のあるクラスメイトに誘われて、ついて行っただけだ。広い川辺に、知らない男女がたくさんいた。
現場に着いた瞬間から、わたしはバーベキュー弱者であることを思い知らされる。
何をすればいいのかわからない。
バーベキューとは、ぼーっと立っていればいいものでないことは察しがつく。だが、どう動くべきかがわからない。
指示役がいるわけでもない。相談しようにも、知っている人がいない。
早く何かをしなければいけない!
動け! 動け!
心は焦るが、傍から見れば固まってるだけだ。
のちに、この「動け! 動け!」のプログラムがとんでもない過ちを犯す。
心は焦るが、ただ、人々の動きを眺め、川に視線を移すことしかできなかった。
今の自分なら、缶ビールでも飲みながら、話しかけてもよさそうな人を適当に見つけようとするが、当時は、バーベキューのシステムになんとか乗らなければならないと必死だった。
その必死さは、身体の動きには現れず、心のなかで暴走し続けた。
「なんとかしなければ……」「この場から逃げたい……」「なんとかしなければ」「早く帰りたい」「自分なんかが来てしまってすいません」「帰りたい」「すいません」
バーベキュー弱者が、現場で抱く感情は、楽しさでも喜びでもない。謝罪の念だ。哀しみだ。
まあ、いろいろとやらかしてますね
BBQ弱者 Part 2(謝罪)
けっきょく、何もしないまま、完成したバーベキューの宅を囲むことになる。あとは焼くだけの状態。
しかし心はすでに折れている。
そして、すいませんの第2ラウンドがはじまる。
バーベキュー弱者はここでも自分の役割を見いだせないのだ。
何をどう焼いたらいいの? 下手に手を出すと、絶対に失敗する。
だいたい、バーベキュー弱者は家庭に問題がある。家庭が半壊、もしくは全壊しているため、学ぶべきものを学んでいない。
本当にやり方がわからないのだ。そもそも常識が身についていない。
具材を素手でつかみかねないし、皿ごと網に置きかねない。下手に動くわけにはいかない。
地蔵のように立ち尽くすわたしを見かねた誰かが、取り分けた紙皿をくれた気もするが、そこに生まれる感情は感謝ではない。
罪悪感だ。
すいません、すいません、自分なんかが来てすいません。
いっぽうでは、「動け! 動け! なんとかしなければ」のプログラムもONになったままだ。
本当に何もわかってないの!
BBQ弱者 Part 3(放火)
バーベキュー第3ラウンド「片付け」がはじまる。
片付けなら自分も何かできるかもしれない。みんなが片付ける様子をしばらく見守っていた。
そうか、この大きなポリ袋に不要になったものを入れればいいんだな!
わたしは、みんなの視線が集まっていないときに、ポリ袋に使用済みの炭をざーと入れた。
終了間際に、やっと自分もひとつだけ仕事をすることができた。
安堵するわたし。
――が、
しばらくして、ポリ袋から火が出はじめた。
「うわ、なんだこれ!」騒然とする人々。
そうか、あれは中に火が残っているから、すぐにポリ袋に入れてはいけなかったのか。
わたしはとてもではないが、そちらの方向を見ることができなかった。
すいませんを圧倒的に通り越したわたしは、心の中で「やれやれだぜ」とつぶやいた。

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