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【SIDE: 楽奈0.7】

アンプが解禁されてから、ステージが空いてる時はSPACEでギターを鳴らしまくった。元々SPACEは、ライブのない日はステージを練習用にレンタルしてる。それもびっしり埋まってるわけじゃないから、結構ギターを弾ける時間はある。

バンドの練習が入ってる時間は、ホールの後ろで練習を聴いてる。色んなバンドがあって、色んなギターがあって、色んな音がある。楽しい。ギターの種類とか、エフェクターの使い方とか教えてもらったりもする。

グリグリのゆりって女は、すごくいいやつ。リハ前とかにギター弾かせてくれるし、エフェクターの使い方もいっぱい教えてくれた。

あと変わったことと言えば、おばあちゃん家に引っ越した。マンションじゃアンプ鳴らせないからね、と、おばあちゃんは家をおかあさんに譲って、自分は近くのアパートに住んでる。

おかあさんは、一緒に住めばいいのに、って言ったけど、おばあちゃんは聞かなかった。一人が気楽なんだって。ES-335はアパートに持って行って、たまに弾いてるみたい。でも時間のある時はよく家に来て、ギターを教えてくれる。この時間がすごく好き。

いつかはバンド、やりたい。もっともっと上手くなって、バンドを組んで、SPACEでライブ、やる。一生、ここでギター弾く。

5月のある日の夜。縁側でギター弾いてたら、玄関のチャイムが鳴った。

「楽奈、ちょっと出てくれる?ママを夕飯に呼んだの」

おかあさんが言う。ギターを置いて出ていく。玄関の引き戸を開けると、おばあちゃんがいた。

「楽奈、ご相伴に預かるよ」

おかあさんが顔を出す。

「ママ、ありがとう!今日はとりあえずおでんにしてみたけど・・・」

「へえ、いいね」

おばあちゃんが来てくれるのはうれしい。ギターの話がいっぱいできるし、色々教えてもらえる。一緒にごはん食べて、おばあちゃんはソファで一休み。わたしは縁側でいつも通り、ギターの練習。

おかあさんが、お茶を淹れて持ってきた。

「・・・それで?」

おばあちゃんが聞く。

「うん・・・」

なんか大事な話っぽいし、ちょっと気になって、ギター弾きながら聞き耳を立てた。一息間をおいて、おかあさんが切り出す。

「・・・楽奈が中学上がる頃にね。毅と一緒にロンドンに住むかもって言ったじゃない?毅には前から言われてて、でも結局そのタイミングであっちの仕事が見つからなくて、流したんだけどね」

「ああ」

「それで、今更な話なんだけど・・・」

「何だい、早く言いな」

「この間の東京ファッション・ウィークで、私の服をスミス・ガルシアのバイヤーが見てたらしくて」

「・・・服のことはわからないよ」

「要は、ロンドンのブランドから、スカウトがあったの。パタンナーとして来ないかって」

「・・・」

ぱたんなー?よくわかんないけど、なんかのお仕事っぽい。おかあさん、よかったね。

「ママがこの家を譲ってくれたのは本当に感謝してる。でも私、ロンドンに行きたい。これは望んでもなかったチャンスなんだ」

おばあちゃんはちょっと黙って、一瞬ふっとこっちを見た。目が合った。

「・・・楽奈は?どうするんだい?」

「一緒に行くつもり。元々毅と、あっちの方が楽奈に合ってるかもって話もしてたし。ボーディングスクールは間に合わないけど、学校も、入学自体は間に合うから」

「・・・」

一緒に?そんなの初めて聞いたけど。おばあちゃんはちょっとだけ下を向いて、目を閉じた。おかあさんが続ける。

「きっと楽奈は、言葉くらい通じなくても全然大丈夫だと思う」

・・・やだけど。むう。あ、抹茶のお菓子がある。食べたい。

「・・・まあ、勝手にしな」

おばあちゃんは低い声でボソッと言った。

「ママ・・・!」

おかあさんが言う。おばあちゃんは、ふん、って溜め息をついて、少し笑いながら言った。

「我が娘ながら、面白い女に育ったもんだね」

「何?面白いって・・・」

そうなんだ?おかあさんが?ぱたんなーがおもしれーの?ギターを抱えたまんまで、抹茶のお饅頭を一口食べて聞いてみる。

「おもしれー女?」

おばあちゃんはこっちを向いて言った。

「ああ。ロンドンに行くんだってね。しばらく会えなくなるけど、達者にしてな」

・・・そんなの聞いてない。行く理由がわかんない。今そんなこと急に言われたって。ここでずっとギター弾くって決めてるし。

「・・・ひはない」

「「へ?」」

お饅頭が口の中にあって変になっちゃった。もぐもぐ、ごくん。もう一回。

「行かない。ここでバンドやる」

SPACEがないと意味ないもん。あそこがいい。SPACEがない街に行く必要ない。意味がわかんない。おかあさんは困惑した感じで言う。

「え・・・何で?ギター持って行っていいんだよ?」

「いい」

「お父さんと一緒に暮らさない?慣れればきっとバンドも組めるよ」

「いい。おばあちゃんとここにいる」

「・・・」

おとうさんはずっといなかったし、それで普通だったし。これからもそうするだけ。なんにも変わんない。おかあさんはおとうさんの近くに行けてうれしいし、こっちにはギターがあってSPACEがある。みんなそれでいい。

おばあちゃんは何も言わずに、こっちをじっと見てる。ふっと目を合わす。いいでしょ?もうお話は終わり。わたしは縁側に戻って、ギターの練習の続きを始めた。

「そんな・・・」

おかあさんはそれだけ言うと、しばらく固まっちゃった。少しして、気が抜けたようにため息をついた。

「ふー・・・そっかー・・・」

ちょっと間があってから、おばあちゃんに言った。

「ママ、呼び出してごめんね。この話、なかったことにするわ。さすがに娘1人置いて行けないし・・・」

「ちょっと待ちな。楽奈は私と、と言ったよ」

おかあさんの言葉に、おばあちゃんはピシャリと言った。うん、おばあちゃんといるって言ったよ。おばあちゃんとギターとSPACEがあれば、あとは大丈夫。何とかなるから。

「あんたはロンドンに行きな。人生短いんだ、燻ってる時間なんてないんだよ」

「でも・・・」

「女に二言はないよ。私が、楽奈とここに住む。あんたは自分の仕事しな」

おかあさんは、やりたいこと、やった方がいいこと、やらなきゃいけないこと、やらなきゃいけないと思い込んでること、の「せきにんかん」に苛まれて決められないでいる気がした。おばあちゃんは、その背中を押してくれた、と思う。おかあさんはちょっとの間、目をつぶって考え込んでた。

しばらくして、ふーっと小さく溜め息を吐いてから、おばあちゃんに言った。

「・・・ううん、ありがとうママ。ちょっと毅に電話してくるね」

「ああ」

おばあちゃんが頷く。おかあさんはスマホを持って、奥の部屋に入っていく。これでいい。ここでギター弾く。こんな毎日が続く。やっぱりおばあちゃんはわかってくれる。・・・あ、いいフレーズ思い付いた。これ、Aがいいかな・・・

「♪ふん、ふん・・・♪」

「楽奈。私と一緒に暮らすからには、唄みたいには甘やかさないからね」

おばあちゃんが、ちょっと強く言った。あまやかす?

「?」

「聞いたよ。最近学校に行ってないそうじゃないか。ずーっとSPACEに入り浸って・・・学校で何かあったのかい?」

何もない。何もないから、学校なんていらない。ギターだけあればいい。

「学校はいい。ここでバンドやる」

「ギターだけやればいいってもんじゃないよ。色んな人間に会って、色んなところを見て来ないと」

「ここで、一生ギター弾く」

「軽々しく一生なんて言うもんじゃないよ」

「・・・!」

いつになく、おばあちゃんは語気強く言った。ちょっとびっくりした。

「確かに、あんたは少しギターが上手かもしれない。でも、ギターにはもっと色んなものを乗せられる。それがないあんたのギターは、人に聴かせられるもんじゃない。独り言みたいなもんさ」

・・・そんなの、わかってる。

そう、独り言。うまく口から言葉にして出せないから、ギターに乗せて吐き出してる。聴いてもらうためじゃない。話す代わりに、叫ぶ代わりにギター弾く。笑う代わりに、悲しむ代わりに、怒る代わりに、わたしはギターを鳴らすんだ。だから。

「聴かれなくていい」

「・・・あんた、バンドやりたいんじゃないのかい?メンバーに聴かせてやりたいようなギターじゃなくてどうすんのさ?」

「ギターも気持ちも、誰にも伝わらない。おばあちゃんだけ」

「・・・!」

「もういい?」

さっきのフレーズ、忘れないうちに。Aから。いや、A7からがいいかな?ちょっとブルージィに、気怠い感じで入っておいて、Dを7thじゃなくてストレートにメジャーで。シャッフルにはせずに、敢えてエイトで行くのはどうだろ。

「♪ふん、ふん・・・♪」

「・・・」

おばあちゃんはそれ以上、何も言わなかった。たぶん、わかってくれたんだと思う。おばあちゃんだけが、わたしをわかってくれる。こんな日がずっと続けばいい。いつか、わたしの独り言を掬い取ってくれる誰かと、バンドを組んで、SPACEでライブする。きっと、きっといるはず。SPACEでなら、そんなおもしれー女を見つけられる気がする。

「・・・恵まれすぎたのかも知れないね」

背後でおばあちゃんが、ボソッと呟いた。その意味は、その時はよくわからなかった。

そして、そのすぐ後に、おばあちゃんはSPACEを閉めると決めた。




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