怒らない人は「解釈」を変えてるだけ、プーさんマインドで心を楽に。
あなたは怒りの渦に飲み込まれそうになったことはありますか?
私もそうなのですが、感情的になって後悔したことがある人は、プーさんを学ぶといいと思っています。
プーさんって、話通じなくてもとりあえず頷きます。
最近まで私は話が通じない人でした。そして話を伝えるのも下手くそだった。
話が通じないので「なんで通じないんだ」と相手に対してイライラしてしまったり、相手は相手で、話が理解できないので「お前が悪い」と怒られてしまっていた。
自分に伝える力が足りないという理由と、自分が理解する能力が足りないという理由で文章を書こうと思ったのもnoteをはじめた理由なんですよね。
だから頭がいい人への憧れが強いんです。
話が通じない人があまり好きじゃないのは、
自分のダメな部分を映していたから、責めていたのかもしれません。
仕事仲間やお友達、そして当時お付き合いしていた人で、Aと言ってもBと言い、Bと言ってもAと言う。話聞いてんのかコイツ。みたいな人がいました。
説明しても説明しても全く話が通じないとき、積もった不満が、ついには爆発する。そんなことの繰り返しでした。
とくに恋愛って、どちらか一方の努力だけではなく、2人の努力次第って言うじゃないですか。向上心の化身のような両者が揃うのって奇跡だと思う。
それと同時に、自分が良好な関係を望むのなら、まずは自分が向上心を持たなきゃって気づき、過去の恋愛を思い出し、自分に苦笑いしました。(笑)
いつも思うのが、上司の一言や家族の無神経な一言、そしてSNSのココロないコメント。そんなとき、横で静かに微笑む人がいる。「怒らない人」だ。
森のプーさんみたいな人にとても憧れるのである。
彼らは本当に穏やかで、なんでそんなに優しいのかなと思っていたが、優しいだろうが特別に優しいわけではないことに気がついた。
怒らない人とは、怒りを「選ばない」ことで自分を守り、人生をコントロールする「参謀」なのだ。
これは、ただの忍耐ではない。怒りはそのときだけの解放のように見えて、徐々に自分のこころを蝕む毒である。怒らない人は、それを深く知っている。とても頭がいいのだ。
私はすぐにカッとなってしまい、自分の感情をコントロールできず、口に出していた。繊細なクセに矛盾した性格の持ち主であり、とても周りの人は迷惑だったろう。
言い訳に聞こえるかもしれないが頭が悪かった。いや、言語化できておらず正確に伝えることができなかったと言ったほうが正しいかもしれません。
あなたも、冷静沈着で怒らない人、そんな人になりたいと思ったことはありませんか?凄く憧れますよね。
まず「感情の赴くままに怒れば、論理的な思考はストップする」ということ。
怒らない人は、それを知っている。
「悪気はなかった」というコトバ。
これを聞いたとき人はどう思うだろうか?
「できごと自体が人を傷つけるのではなく」、その人自身の「解釈がその人を傷つける」
想像してもらいたい。
雨に濡れた時、怒る人は「最悪」と天を呪う。でも怒らない人は、「シャンプー持ってくればよかった~」と。実際シャンプーは流さないが、そのできごと自体はシャンプーだけに受け流せる。怒りは、他者に自分の感情を無責任に預けて処理させる行為。
「怒らない人」はそれをせず、ココロの内側を守る。結果として得るのは真の自由と長期的な信頼。
しかし考えすぎると、これは孤独の代償でもある。逆をいえば、この感情コントロールを自在に扱えれば孤高の存在になり得るということ。
そんな感情的になって後悔だらけの私が、実践している『怒って後悔したくない』人向けのことをここに置きます。
この5つをおさえておけば、「プーさんみたいな人」に近づけます。まだまだ私自身を実験台とし、改良していきたいと思います。もし気になる人いればお進みください。画像もよければ受け取ってください。
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