見出し画像

施設の母に会って気づいた「役割で生きていた私」

施設にいる母に会いに行ったとき、私は「親子関係の中で"役割として生きていた自分"」に気づいた。

母との関係は、ただの「親子の時間」ではなく、ずっと無意識に役割を背負っていた関係だったのかもしれない。


施設にいる母に、2か月ぶりに会いに行った。

行けるかも、と思った。
自分がどう感じるのか、見てみたかった。

いつも通り、たくさん買ってきた差し入れを母に渡すと、
とても喜んで「美味しい 美味しい」と食べていた。

それを見て、私も嬉しかった。

でも一方で、話が途切れると苦しくなる。
結局、身内や親戚の話をしてしまう。

本当はそこまで話したいわけじゃないのに、会話を埋めてしまう自分がいた。

その時、気づいた。
私はまた『役割』に戻っていたのかもしれない。

前みたいに、お母さんをかわいそうだと思う気持ちや、何とかしなきゃという気持ちはなかった。

でも、自分の中ではずっと何かをして繋がろうとしていた。


そのあと、お母さんから兄家族が面会に来ていた話を聞いた。

その瞬間、よく分からないイライラやモヤモヤが湧いた。

「いい家族」の場面だけを見せられているような感覚。

私は、母とずっと真正面から向き合おうとしてきたからこそ、その違和感を感じたのかもしれない。


家に帰る途中で気づいた。

さっきの母との時間、私は自分の体の感覚をあまり感じていなかった。

ただ、『役割として動いていた』感覚があった。

私はずっと家族の中で重たい役を背負ってきた。
苦しさを一人で抱えてきた。

お母さんを大切にしたかった。
ちゃんと向き合いたかった。

でも本当は、役割でしか繋がれなかったことがどこかで悲しかったのかもしれない。


私はずっと母に、本気で向き合おうとしていた。

だからこそ、「家族っぽさだけが見えること」が苦しかった。

ただ娘として、ただ人として、そこに居たかった。

母もそうだったのかもしれない。

「ただ居るのはよくない」が口癖だった母。

その時代を生きてきたからこそ、そうならざるを得なかったのかもしれない。


母は帰る時、涙を浮かべていた。

今度は、一緒にお茶を飲もう。

そう思った。


■あわせて読むと分かりやすい記事

『人に話しても“受け取ってもらえない”と感じたときの話』

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。










いいなと思ったら応援しよう!