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近藤智史氏や宮田秀成氏などが「避けて来た」「今も避け続けている」〜 先哲や文献 ① 〜

さて、今から20年ほど前に「自分たちの浄土真宗」を模索して、新しい教団を創ろうとしていた近藤智史氏、そして彼のblogを引き継ぎ現在に至る宮田秀成氏、ほか、いわゆる「飛雲氏界隈」の方々。また、彼らの糾弾にふらふらする方々へ。

今回は、彼らの今日まで「避けて来た」そして「現在も避け続けている」浄土真宗教学を本願寺の先師より明らかにしていただきたいと思います。

近藤智史氏
「法話の内容はひとまずおいておきまして…」

これは、近藤氏が伝統教学を取り次がれていた三井法雲師を取り上げた際、その法話内容を「ひとまずおいた」まま取り上げることなく、また、近藤氏亡き後、彼のブログ内容を引き継いだ宮田氏も取り上げることなく、今日まで「ひとまずおいた」ままにされている、三井法雲氏の法話のことである。

こちらの三願転入の内容については、私から動画でもご紹介しています。(注:私は浄土真宗親鸞会さんからもお聞かせ頂いていますが、三井師の内容がそのまま「浄土真宗親鸞会のものではない」ことはご了承ください。ただし、近藤氏は、これを避けたかったのです。それは彼の内容を引き継いでいる宮田氏も同様であり、事実、現在も三井師を避け続け、話題にすらできない状況です。

また三井法雲師の言行録として著をまとめた、当時のお同行の前書きもあるのですが、そのお同行は文中に「いつしか迷ひの雲晴れて」と記述してあります。

三井師は、たのむ一念の「判然(ハッキリ)」とした救い」を明らかに教示された師であります。つまり、他力の信心が決定するのは「たのむ一念のとき」であり「だんだん信心決定するのではない」ことを明らかに説いておられます。

この事を百も承知のお同行が、三井師の言行録の前書きで「いつしか迷ひの雲晴れて」と記述してあるのは、前後の文脈に「月日に覚えはなけれども」とあるように、信心決定のときを「実時」であらわす「一念覚知」の誤解を避けるため、また、浄土真宗の教学を学び理解していったプロセス・過程を「いつしか」と表現しているのである。

他力の信心は「一念の(瞬間)」に決定するのであります。

この点で学生時代の高森顕徹師の「次第にその迷雲も晴れ」とは「だんだんに信心決定した」という意味ではないのである。

しかし、この記述をことさら誤った意味で、且つ、悪意をもって吹聴する輩がある。
決して彼らの挑発に乗じてはならない。

ここに記述してあるのは、三井法雲師のお同行とおなじく、決して「だんだんに信心決定した」という意味ではないのである。

信心決定とは「たのむ一念のとき」水際たつ「時剋の極促」の他力信心、一念の信をあらわすのです。

南無阿弥陀仏

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