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アガサ・クリスティー再読感想文 その8 映像作品③ 三人のミス・マープル前編 まずは二人

 クリスティーの物語を読んでいると度々感じることがあります。

 それは物語全体を覆う健全さ。
 それと時折見られる正義をなす心。

 特に「正義をなす心」はポアロよりもミス・マープルの物語の方に強く感じられるように思います。

 ミス・マープルの長編小説第1作は1930年の『牧師館の殺人』。
 その後、1971年の『復讐の女神』まで、ほぼ40年かけて全12作品。
 ポアロシリーズと比べ作品数は少ないのですが。
 
 初期の作品と中期以降の作品を比べると、ミス・マープルの事件との関わり方とか、姿勢みたいなものにちょっと変化があるように思います。

 初期の、例えば『書斎の死体』などは。
 冒頭からコメディ調子でユーモアがあって楽しく。
 ミス・マープルも推理の主体を警察に任せ、出番は少なめです。
 ユーモア仕立ての物語の中で、時折登場し鋭い助言をするミス・マープル。

 一方、中期以降は。
 復讐の女神、正義の使者であることに次第に自覚的になり、事件解決に積極的に乗り出していく感じ。

 分岐点は6作目の『ポケットにライ麦を』あたりかなと思います。
 
 霜月蒼氏も『アガサ・クリスティー完全攻略』で

『ポケットにライ麦を』は、復讐の女神ミス・マープルの誕生を告げる物語なのだ。

『アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕』霜月 蒼著、杉江松恋解説、早川書房 p.183

 とおっしゃって、中期以降の傑作を高く評価しています。

 正義の心は常に持ちつつも。
 初期はあくまでもニュートラルな立ち位置で。
 中期以降は積極的に悪事を断罪し正義をなそうとする。
 
 どちらのミス・マープルも魅力的なのですが。

 さて映像化されたミス・マープルはというと?


 ミス・マープルも映画やドラマにと、たくさん映像化されていますね。
 その中でも人気のドラマシリーズが。
『ミス・マープル ジョーン・ヒクソン版』(BBCで1984年から)と。
『アガサ・クリスティー ミス・マープル』(ITVで2004年から)。

 ミステリーチャンネルや NHKBSなどで時々再放送されるものを観て、私も大好きなのですが。

 ジョーン・ヒクスン版はもちろんジョーン・ヒクソンが。
 ITVの方はジェラルディン・マクイーワンとジュリア・マッケンジーの二人が、前半と後半と3シーズンずつ、ミス・マープルを演じています。

 そしてヒクソン版では全12話を映像化しているので。
 ITVの方も同じ原作を再び映像化することになり。
 同じ物語なのに異なる脚本演出のミス・マープルが観られることに。

 例えば。
『書斎の死体』のヒクソンとマクイーワン。
『鏡は横にひび割れて』のヒクソンとマッケンジー。
『ポケットにライ麦を』のヒクソンとマッケンジー。

 というように同じ物語でそれぞれのマープル像を比較することができます。

 私の印象では。
 ジョーン・ヒクソンは、ニュートラルで超然としていて、オーソドックスな「ミス・マープル」という感じがします。
 マクイーワンは、ヒクソンとの違いを意識してなのか、とても可愛らしく。
 マッケンジーは優しそうな見た目に反して、実は犯罪の暗い側面に切り込む正義の人という感じ。扱う原作も中期以降の作品や、ミス・マープルの出ていない暗めの長編小説などが多いようです。

 それぞれに特徴があって少しずつ異なるキャラクター。
 でも不思議なことに。
 どの役者さんも確かに「ミス・マープル」です。

 ミス・マープルという一人の老婦人に内包されたもの。
 その中の特徴的なものを強めた形でそれぞれのマープルが表現されているような。
 面白いです。

 そこで三人を比較しながら、私の好きなミス・マープルのお話をしたいと思ったのですが。

 記事が長くなってしまったので、前後編にして、今回は最初のお二人の紹介だけで終わりにしたいと思います(前々回のポアロのドラマの記事もすごく長くなってしまったのでちょっと反省しています)。

 前編は。
 マープルものの全話を演じた、ニュートラルでオーソドックスなヒクソンと。
 楽しい初期の物語が多めの可愛らしいマクイーワンのお話を。

 次回後編は。
 中期以降の傑作や名探偵の出てこない暗い犯罪物語の原作を扱い、犯罪心理の暗黒面と対峙する正義の使者マッケンジーのお話を。
 

 参考文献はいつもの2冊。
『アガサ・クリスティー百科事典 ―作品・登場人物・アイテム・演劇・映像のすべて―』数藤 康雄編、竜 弓人編、早川書房、2004年出版。 
『アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕』霜月 蒼著、杉江松恋解説、早川書房、2018年。

 感謝です。




1 ジョーン・ヒクソンのミス・マープル

 ジョーン・ヒクソンは、生前のクリスティーから「ミス・マープルを演じて欲しい」と言われていたとか。
 まさにミス・マープルという感じでファンも多いと思います。

 厳格なヴィクトリア朝時代の価値観に基づいた考え方が身についていて。
 常に立場をわきまえ控えめで姿勢も良い。
 灰色を基調とした落ち着いた服装と物腰。

 彼女は人間の愚かさや最悪を知っていて。
 ちょっと離れた視点から静かな眼差しで全てを見て、考え、判断を下す。

 賢そうで、厳しそうで。
 ちょっと怖いくらい。

 やはり初期の原作のイメージに近いかもしれません。

『牧師館の殺人』や『動く指』など初期の作品のように、事件が起こっても捜査の中心にはならず、時々忠告し、最後の解決に携わる、といった距離感も似合うと思います。
 体を少し斜めに傾けてじっと考え、静かに話をするヒクソンの佇まいは魅力的です。

 そんな彼女が一度だけピンクを纏う場面があります。
 第10話『カリブ海の秘密』
 老実業家ラフィールとの対面するあのシーン。
 ピンクのふわふわです!
 原作ファンならきっとわかってくださるはず。

 でもヒクスンマープルにはちょっと似合ってないかも?
 そこもまた良いです。

 シリーズ全体は。
 原作を丁寧に視覚化するという感じで。
 ミス・マープルが住むセント・メアリー・ミード村の様子とか、時代とか、こんな感じだったのかなあと思わせてくれて楽しいです。

 シリーズの構成もいいです。
 ドラマシリーズの第一回は『書斎の死体』
 最後の第12回は『鏡は横にひび割れて』

 原作では『書斎の死体』は長編第2作目。
『鏡は横にひび割れて』は長編8作目なのですが。


 ドラマでは初回と最終回にこの二つを持ってきているので。
 始まりと終わりの舞台がどちらもバントリー邸になります。
 ミセス・バントリーも両作品で登場。
 同じ役者さんが演じています。

 『書斎の死体』の冒頭。荷馬車が行き交う牧歌的な村。
 バントリー邸の大きなお屋敷。たくさんの使用人。
 原作通り、なぜか書斎で女性の死体が見つかり、バントリー夫妻も使用人たちも慌てふためく様子がコメディタッチで描かれます。

 『鏡は横にひび割れて』は列車の到着場面から。
 ミスター・バントリーはすでに亡くなり。ミセス・バントリーは屋敷を売り子供や孫たちを訪ねてまわり、ちょうど村に戻ったところから始まります。
 大きなお屋敷はアメリカの女優に買取られ豪華に改装されて。
 時間の経過が感じられます。

 時代の移り変わりと、犯罪にまつわる変わらない悲劇。
 特に『鏡は横にひび割れて』は痛ましい悲劇の物語なので。
 ドラマシリーズラストに相応しい作品だと思いました。
 シリーズ構成として上手いなあと感心。

 面白いと思ったのは。
 原作よりちょっと良い役回りになったスラック警部。
 原作では長編第一作の『牧師館の殺人』と二作目の『書斎の死体』にしか登場せず、やり手で、素人の意見を見下していてちょっと偉そうで。

 『牧師館の殺人』ではミス・マープルに懐疑的で相手にしなかったり。
 結局、事件を解決に導いてもらうのですが。
 次の『書斎の死体』では、ミス・マープルのことを「村の出来事はわかっても外の世界には通用しない」などと相変わらず失礼。
 ミス・マープルからはディーゼル機関車のような人で、見かけは悪いけど性能は良いなどと言われてますが。

 でもドラマでは。
 チームポアロのジャップ警部ほどではないのですが。
 いくつかの作品に登場して次第にその態度に変化が。

 ドラマの第9話『パディントン発4時50分』ではいつの間にかミス・マープルと一緒に事件を捜査。
 解決後、ラストシーンではなんと。
 渋い顔をして「ありがとう」と感謝の意を表します。
 最終話の第12話『鏡は横にひび割れて』では警視になっています。

 原作と異なる関係の変化が面白いですね。



2 ジェラルディン・マクイーワンのミス・マープル

 2004年から始まった『アガサ・クリスティー ミス・マープル』(Agatha Christie's Marple)のドラマシリーズは二人の役者さんがミス・マープルを演じています。

 シーズン1からシーズン3までをジェラルディン・マクイーワン
 シーズン4からシーズン6までをジュリア・マッケンジー

 まずはジェラルディン・マクイーワンから。

 シーズン1〜3では、4話ずつ全12話の作品が映像化されていて。
 12話中ミス・マープルの原作は8作品。

 そのほかは。
 トミーとタペンスの『親指のうずき』(シーズン2の3)。
 探偵が出てこない『シタフォードの秘密』(シーズン2の4)。
 同じく『無実はさいなむ』(シーズン3の2)。
 同じく『ゼロ時間へ』(シーズン3の3)。

 そちらでは、ミス・マープルはそれぞれの主人公たちと一緒に事件解決にあたります。
 トミーとタペンスやバトル警視のファンの方々には嬉しい企画ですよね。

 さてマクイーワンのミス・マープルは。
 大きな目でいたずらっ子みたいにいつも楽しそう。
 事件解決にちょこちょこと乗り出します。
 正義の心はしっかりと持ちつつも、事件解決を楽しんでいるような。

 服装はベージュとかピンクとか暖色系。
 柔らかそうなロングのカーデとか。
 可愛らしい水色の帽子をちょこんと頭に乗せていたり、花を差していたり。
 ミセスパントリーが運転する車の助手席に座るときには飛行帽みたいなものを被っていて少年みたい。

 可愛い。

 ヒクソンとは異なるキャラクターを強調しているようにも思えるのですが。
 

 マクイーワン版の初回も『書斎の死体』です。
 バントリー邸で始まり、ミセス・バントリーも登場。
 大きくて古いバントリー邸の様子とか、豪奢なリゾートホテルとか、ヒクソン版同様に再現されていて楽しいです。

 ちょっと気になったのはバジル・ブレイクという映画関係者の家。
 原作では「チューダー朝を模したハーフ・ティンバー造りの悪趣味な外観の内部に、ありとあらゆる現代設備を取り付けた建物」(『書斎の死体』アガサクリスティー著 山本やよい訳 ハヤカワ文庫 p.42)とあるのですが。

 ドラマでは現代的なすっきりとした外観に。
 ヒクソン版も原作の描写とはちょっと違う気がしますが。
 その辺りはドラマ用の解釈と考えて楽しんでいます。


 そしてこの初回。脚本はケヴィン・エリオット氏です。
 前々回のポアロのドラマシリーズの記事でお話ししましたが。
 前半のチームポアロの楽しさからから一転、シリアスで深く物悲しい第9シーズンの初回、『五匹の子豚』の脚本を担当されています。

 冒頭。使用人たちのドタバタはカット。
 死体の身元がわかるまでサクサクと物語は進みます。
 相変わらずの巧みな展開。

 冒頭のドタバタこそありませんがコメディ的な表現もちゃんとあって。
 横たわる死体を覗き込む人たちを、死体の背中側から見上げるカメラで見せるので、一同のやや滑稽な様子とか、その背後の、上の方が蜘蛛の巣だらけの書架などがしっかり映っていて。
 入れ替わり立ち替わり死体を見にくる人々や、死体がなくなった後も被害者の知り合いを交えて、同じアングルでとらえます。
 繰り返しの滑稽さ(ちょっと不謹慎ですけど)とか。

 挫いた女性の足を覗き込む警察男性陣のそれぞれの表情とか。
 ところどころユーモアがあって。

 と、こんな感じで。
 2004年から始まった『アガサ・クリスティー ミス・マープル』シリーズは、テンポよく、映像も美しく、見易い作品になっていると思います。

 シーズン1〜3のマクイーワンのマープルは比較的明るく楽しくて。
 それでも時折悲劇を嘆き、決然と犯罪に挑む。

 マクイーワンの最後の回は『復讐の女神』
 ラストシーン、一人、正義についての言葉を思い出すミス・マープルに、改めて、正義をなさんとする心の強さを感じました。

 

 
 ではここで小話的なものをいくつか。

 その①
 マクイーワン版は2004年のスタート。
 ポアロのドラマシリーズの第9シーズンの初回『五匹の子豚』が2003年ですが。
 両方のドラマに出演された役者さんが数人いらしゃるようです。

 2話目の『牧師館の殺人』ではミス・マープルの娘時代の回想シーンがあって(ドラマオリジナルのエピソードだと思います。ちょっとロマンチックで美しい映像になっています)。
 若きマープルと恋人を『五匹の子豚』に出ていた役者さんが演じているようです。
 シーズン2の2話目『動く指』のヒロイン役の方が『五匹の子豚』のアンジェラの少女時代の役者さんにすごく似ている気がしますし。
 4話目の『予告殺人』の屋敷の女主人はポアロのドラマ第10シーズンのオリヴァ夫人のようです。
 こんな発見もドラマの楽しみの一つですね。


 その②
 シーズン1の3話目『パディントン発4時50分』。
 物語とは別に。原作ファンの方には気になることがあると思います。
 それはルーシー・アイルズバロウが誰を選ぶか問題。

 スーパー家政婦ルーシーは、潜入したお屋敷の男性たち皆から気に入られてしまいます。
 事件解決後。誰を選ぶのか? ということに。
 原作では、ミス・マープルだけがわかっていて、でも、教えてもらえないまま物語は終わってしまいます。
 作者のクリスティー自身は一応答えを決めていたようですが。
 
 ドラマでは、ヒクソン版もマクイーワン版も異なる答えを出します。
 それによって、ルーシーがどういう人物なのか、解釈も異なってくると思うのですが。
 それも面白いです。

 

 その③。
 マクイーワン版の初回はヒクソン版と同じ『書斎の死体』。
 でも『鏡は横にひび割れて』はシーズン5の最終話4作目なので。
 こちらはマッケンジー版になります。
 でもミセス・バントリーはどちらも同じ女優さんが演じるので。

 久しぶりの再会を喜び合うミス・マープルとミセス・バントリー。
 ん? マープルさんが違う人?
 となって、なんだか面白いです。

 

 さて。
 今回はここまで。
 ちょっと軽めの小話的なお話ばかりになってしまいましたが。
 ヒクソン版もマクイーワン版もどちらも観ていて楽しいです。

 でも次回、マッケンジー版は「復讐の女神」感が強め。
 ちょっと暗いお話になると思います。


 ところで。
 NHKのBS4Kで4月8日(火) 午後4:25〜午後6:00から。
 今日からですね(2025年4月8日です)。
 マクイーワンのミス・マープルシリーズの再放送が始まります。
(この記事の公開日は偶然です。ちょっと嬉しい。)

 初回は『牧師館の殺人』のようですね。
 私が以前拝見した時の初回は『書斎の死体』だったと思うのですが。
 記憶違いかな?
 本来はこっち?
 あるいは原作の順番に合わせているのかな?

 とりあえず、『書斎の死体』も放映されるようなので。

 よかったらぜひ。
 マクイーワンのミス・マープルを楽しんでくださいね。
 その後マッケンジーのマープルも放送されると思うのですが。
 できればヒクソン版も再放送してほしいです。


 さて次回は。
 アガサ・クリスティー再読感想文 
 その8 映像作品④ 三人のミス・マープル後編 正義をなす心

 ジュリア・マッケンジーのミス・マープルです。
 初回のドラマは『ポケットにライ麦を』。
 原作小説は「復讐の女神ミス・マープルの誕生を告げる物語」。
 
 ヒクソンともマクイーワンとも異なる「正義の人」ミス・マープルのお話を。

 



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