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語学力の話じゃない。イチローのスピーチに感じたすごさ。

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「英語でスピーチしたなんて、すごい!」
そう言われるたびに、なんとも言えない気持ちになった。

なぜ、言語だけがそんなに注目されるのだろう?
言語って、本当は単なる“手段”なんじゃないか?

#LAMAの違和感考察
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こんにちは。LAMAです🦙🩷
この記事に興味を持っていただき、ありがとうございます😊

LAMA名義になってからの最初の記事。本当は別のことを取り上げるつもりでした。ですが、タイムリーにイチローさんのニュースが入ってきて、いくつかのメディア記事を読む中で色々と感じたことがあったので、そちらを書いていくことにしました。

まずは、私が感じた違和感から。誰かの気づきになったら嬉しいです😊
それでは、スタート▶️


2025年7月27日、イチローさんがアメリカ・ニューヨーク州クーパーズタウンで行われたMLB殿堂入り式典でスピーチ。

初の日本生まれの日本人プレーヤーとしての殿堂入りという快挙。そして、そのスピーチは野茂さんへの感謝を除き、すべて英語。

しかも、会場を何度も笑わせるジョーク混じりの話しぶりに、現地の記者の中には「イチローはコメディアンになった」と評する人もいたほど、スピーチの運びや内容が大好評。

このスピーチがどれほどアメリカで称賛されたかは、AP通信の記者の言葉に表れている。

If you want someone for your next celebrity roast, Ichiro Suzuki could be your guy.

Mixing sneaky humor with heartfelt messages, the first Japanese-born player to be inducted into the Baseball Hall of Fame stole the show Sunday in Cooperstown.

日本語訳(一部略)
次のセレブ・ロースト(*)にふさわしい人を探しているなら、イチロー・スズキがぴったりかもしれない。

さりげないユーモアと心のこもったメッセージを絶妙に織り交ぜ、野球殿堂入りの式典で観客の心をつかんだ。

補足:セレブ・ローストとは?
アメリカのユーモアイベントで、有名人をジョークたっぷりに「イジる」トークショーのようなもの。ユーモアと愛情を込めて相手を茶化すスタイルが特徴で、本人も笑って楽しむのが前提。(例:Comedy Central Roast など)​​

https://apnews.com/article/baseball-hall-of-fame-ichiro-sabathia-ff50111f419f172f1d74f1813e391864


その一方で、日本語のメディア・SNSではこんな声が目立つ印象を受けた。

「イチローが19分にわたるスピーチを英語でした!」
「英語でスピーチできるなんてかっこいい!」
「通訳をつけなかった勇気がすごい!」

実際、ニュース記事のタイトルを見比べてみても、日本メディアは「英語」や「日本語」と明記した記事がアメリカメディアより多い。

⬆️ 日本語での検索結果 🇯🇵
⬆️ 英語での検索結果 🇺🇸

うん、たしかに。母国語じゃない言葉で、人前に立って話すのって、大変なことだと思う。注目度が高ければ高いほど、緊張やプレッシャーも増えると思う。

だけど、イチローに対して、その「すごい」は、ちょっと違うんじゃないかな?というモヤモヤが私の中で芽生えた。

今日はそのモヤモヤを整理してみる。




「注目ポイント、そこ?!」と思った

わたしが思うに、イチローは、ただの“日本人メジャーリーガー”ではない。
彼は20年近くアメリカで生活し、英語環境の中で野球をし続けたプロ中のプロだ。

詳しいことは正直なところ、把握してないけれど、インタビューや取材、会見では細かいニュアンスなどを正確に伝える必要があると思う。だから日本語を話し、通訳をつけていると思う。

だけど、チームメイトとの会話や監督とのやりとり、日常生活などは自分で話してると思う。実際、英語もスペイン語も独学で学び、実践し続けていたというエピソードがある。

One interesting story told by scout Ted Heid was the fact that Ichiro diligently studied English and Spanish. He spoke both languages very well and was able to converse with the Latin and American players in private.
スカウトのテッド・ハイドが語った印象的な話のひとつに、イチローが英語とスペイン語を熱心に勉強していたということがある。どちらの言語もとても上手で、ラテン系の選手やアメリカ人選手たちとも、プライベートでは自然に会話をしていたという。

https://nvcfoundation.org/ichiro-hall-of-fame-event/

それを踏まえると、今回のスピーチを「英語でやったなんて、すごい!」と称賛するのは、むしろ「イチローという人間と彼の努力を過小評価していないか?」と思えてくる。

彼にとっては、英語でスピーチするのは「挑戦」ではなく、「誠実な選択」なのだと思う。チームメイトと会話するにあたり、スペイン語も学んでいたというエピソードまであるイチロー。それを考えると、「通訳を介さず、自分の言葉で語る」ことの大切さも、彼は知っていると思う。




アメリカで大絶賛な理由を考えてみた

今回のスピーチが、アメリカで特に高く評価された理由。その要因は、以下だとわたしは思ってる。

  • 聴衆の笑いを誘うユーモア

  • 自己を軽くいじるようなジョーク

  • 感謝と謙虚さ、そして仲間へのリスペクトを込めた語り口

アメリカでは、ユーモア・ストーリー性・即興性・「自分の言葉で語る」姿勢がスピーチをする上で重要視されていると思う。イチローは、これらを見事に盛り込んでいた。

たとえば彼は、今回のスピーチで、殿堂入り投票で唯一、自分に票を入れなかった記者に再び言及。

1月の殿堂入り直後の会見で、「ぜひ我が家で一緒にお酒を飲みながら語り合いたいので、名乗り出てシアトルまでお越しください」と招待していたのだが、どうやら名乗り出なかった模様。そして、今回のスピーチでは「自宅ディナー招待はもう期限切れになりましたよ」と笑いを交えて話していた。

これって、かなり高度なユーモアだと思う。




「言語」よりも大切なことって?

私たちはつい、「英語で話した」「間違えずに言えた」「流暢だった」という「語学力」そのものに注目しがち。

でも、本当に大切なのは、「その言葉で、何をどう伝えたのか」じゃないだろうか。

イチローは、言葉をツールとして扱っていた。そして、彼の話し方には、「この舞台で、自分の言葉で、ちゃんと感謝と想いを伝えたい」という強い意志がにじんでいた。

それを「英語でスピーチしてて、すごいね!」という視点だけで見てしまうのは、なんだか、その「本質」を見逃しているようで、もったいないと思う。




「表現する力」は、言語を超える

イチローのスピーチを見て思ったのは、やっぱり「表現力」って、語学力の先にあるものなんだな、ということ。

たとえカタコトでも、心を動かすことはできるし、どんなに流暢でも、響かない言葉もある。

英語を話すことが目的じゃない。
「伝える」こと、「つながる」ことが目的なのだ。
そして、それはきっと、私たち一人ひとりにも当てはまる話。

何語であっても、どんな環境であっても、自分の言葉で、自分の想いを語る勇気と誠実さを持ちたい。

そんなふうに思わせてくれる、イチローの「全文英語スピーチ」だった。




最後に…


他の言語で話していて、「伝わらなかったな」と感じたことはありますか?
逆に、「うまく言えなかったけど、気持ちは伝わった」と思えた経験は?

言葉を超えて想いを届けるとき、あなたが大切にしたいことは何ですか?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
LAMAでした🦙🩷




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