占いに納得できなかったとき、本当は何が見えているのか
占いというと、多くの人がまず気にするのは、「当たったか、外れたか」ではないでしょうか。
「転職すると言われて、本当に転職した」
「今年は出会いがあると言われたのに、何もなかった」。
そんなふうに、占いの結果と現実を照らし合わせる。もちろん、それは自然な楽しみ方です。
でも私は占いの価値はそこだけではないのではないかと思っています。
むしろ、当たったかどうかを確認するより、出てきた言葉をきっかけに自分を考え直すことのほうが、おもしろい。
そんなふうに感じています。
「高いところから落ちる」と言われた留学生
心理学者の河合隼雄さんが紹介している、印象的なエピソードがあります。ある中国人留学生が、帰国を前に占いを受けました。そこで出たのが、「高いところから落ちる」という結果でした。
これから飛行機に乗る予定だった留学生は、
「飛行機が落ちるのではないか」
と強い不安を抱くようになります。ところが河合さんと話をしていくうちに、別の見方が出てきます。
留学生は、海外で学んだ自分に対して、親族から大きな期待を寄せられていました。本人自身も、
「立派になって帰らなければならない」
「期待に応えなければならない」
という気持ちを強く持っていたようです。
そこで、「高いところ」とは飛行機の高度ではなく、自分が置かれている心理的な高さなのではないか、と考えられるようになります。
もっと身の丈に合った自分で帰ればいい。そう理解したことで、帰国への恐怖もやわらぎ、占いの言葉そのものも気にならなくなったといいます。
ここで大切なのは、本当に高いところから落ちたかどうかではありません。占いの言葉をきっかけに、「自分は何を怖がっているのか」「なぜ帰国することがこんなに不安なのか」という、本当の問題に気づいたことです。
占いの言葉は、少し曖昧だから考えられる
この話がおもしろいのは、「高いところから落ちる」という言葉に、いくつもの解釈ができることです。飛行機かもしれない。社会的な立場かもしれない。プライドかもしれない。周囲からの期待かもしれない。
最初から意味が一つに決まっていないからこそ、「自分の場合は何を指しているのだろう」と考える余地があります。ここに、占いを自己理解に使うヒントがあるように思います。
占いの言葉を、そのまま「答え」として受け取るのではなく、考えるための材料として使う。そうすると、占いの見え方が少し変わってきます。
ユング心理学にも似た考え方がある
心理学者のユングは、夢や象徴に強い関心を持っていました。夢の中に「山」が出てきたからといって、「これから山へ行く」と解釈するわけではありません。その人にとって、「山とは何を意味しているのか」を考えます。
高い目標かもしれない。努力していることかもしれない。人より上に立ちたい気持ちかもしれない。同じ象徴でも、その人の置かれている状況によって意味は変わります。
つまり、象徴そのものに正解があるのではなく、その人との関係の中で意味が生まれる。これは、先ほどの留学生の話にもよく似ています。
四柱推命も「当たっているか」だけで終わらせなくていい
この考え方は、四柱推命にも応用できると思っています。
たとえば、「あなたは人に合わせるのが得意です」という読みがあったとします。そこで、「当たってる」で終われば、性格診断です。
でも、「私は、どんな場面で人に合わせてきただろう」と考えてみる。すると、職場では合わせていた、家族にも合わせていた、でも友人の前では意外と自分の意見を言えていた、そんな具体的な経験が出てきます。
この段階になると、「人に合わせるタイプ」という大まかな言葉が、自分の人生を振り返るための問いに変わります。
反対に、「いや、私は全然そんな人ではない」と思った場合も同じです。
そこで、「なぜ違うと思うのだろう」「自分はどんな場面なら人に合わせるのだろう」と考えてみる。
すると、「相手によって態度を変えている」「仕事では合わせるけれど、家庭では譲れない」「昔は合わせていたけれど、今は変わった」といったことが見えてくるかもしれません。
つまり、外れているように見える部分も、自分を知る材料になるのです。
「当たる・外れる」の二択にしない
占いを、当たった、外れた、の二択だけで考えると、そこで話は終わります。でも、「なぜ私はこの言葉に納得したのか」「なぜ私はこの言葉に違和感を持ったのか」と考えると、話はそこから始まります。ここが、自己分析として占いを使うときの大きな違いです。
占いは、客観的な心理検査と同じものではありません。ですが、自分について考えるきっかけをつくる道具として使うことはできます。そして、そのとき大切なのは、「占いが私を説明している」と考えることではなく、「この言葉を見た私は、何を感じたのか」を見ることだと思います。
占いは、自分を決めるものではなく、問いを増やすもの
「あなたはこういう人です」「この仕事に向いています」「今年は動かないほうがいいです」。占いをこうした結論として使うこともできます。でも、それだけだと、自分について考える余地があまり残りません。
私はむしろ、「本当にそうだろうか」と一度立ち止まるほうがおもしろいと思っています。当たっているなら、「なぜそうなったのだろう」と考える。外れているなら、「どこが違うのだろう」と考える。
そうやって考えていくと、占いの結果よりも、自分がどんな経験をして、何を大事にして、どう考える人なのかのほうが少しずつ見えてきます。だから私は、「当たりましたか」だけではなく、「その言葉を見て、何を思いましたか」と聞いてみたい。
占いは、未来の答えをもらうためだけのものではありません。自分について考えるための、ひとつの問いとして使うこともできる。そう考えると、占いは当たったあとより、外れたあとからのほうが、おもしろくなるのかもしれません。
【今日の小さな問い】
「当たった」占いと「外れた」占い、あなたにとって記憶に残っているのはどちらですか?
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。 この記事が、小さな一歩を考えるきっかけになりますように。
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