大好きな作家の、生の叫びを読んだ朝
今朝、胸がぎゅっと締め付けられた。
鈴木おさむさんのXの投稿で、吉本ばななさんがnoteに書いた「母親」についての告白記事を知った。
気になってリンクを開く。
有料記事だった。500円。
けれど迷わず購入して、朝のベッドの中で読み始めた。そして気づけば、2万文字を超える文章を一気に読み終えていた。
私は昔から吉本ばななさんの大ファンだ。
若い頃、『キッチン』や『TUGUMI(つぐみ)』を夢中で読んだ。『マリカの永い夜』などもう何度読んだのか覚えていないほど。
家族の傷や孤独を抱えながら、それでも人は生きていけるのだと教えてくれるような文章だった。暗い夜のなかで遠くに灯る明かりのように、何度も救われた。
ただ、ここ数年は少し距離を置いていた。
正確に言えば、逃げていたのだと思う。
近年のばななさんの文章は、若い頃に読んだ作品よりもさらに生々しく、「今」を書いている。
エッセイや日常を綴った文章を読むたびに、自分のなかの痛い場所まで触れられてしまう気がして、胸がざわつき、息苦しくなることがあった。
だから読めなかった。
でも今回は違った。
少し前に友人から勧められて読んだ『あきらめない引きこもりの老後』という本の余韻が残っていたせいかもしれない。
人が抱える苦しさや弱さを見つめる心の準備が、以前より少しだけできていたのだと思う。
そして読み終えた。
読後、しばらく動けなかった。
胸が熱い。
重い。
苦しい。
けれど目を逸らしたくない。
そんな不思議な感覚だった。
これは「作品」というよりも、人生そのものだった。
きれいに整えられた物語ではない。
飾らず、誤魔化さず、自分の痛みも迷いも矛盾も、そのまま差し出したような文章だった。
読む側にも覚悟を求める。
軽い気持ちで読める内容ではない。
それでも私は、「読んでよかった」と心から思った。
むしろ、こういう文章こそ残ってほしいと思った。
現在、この記事を読んでいる人は私を含めて1万人を少し超えている。
有料記事だから決して多い数字ではないのかもしれない。
けれど私は勝手に電卓を叩いてしまった。
500円×1万人超。
もちろん現実には手数料などもあるだろうし、単純な話ではない。
それでも、「書くこと」で生き延びようとしている作家に、読者がお金を払う。
その循環がもっと当たり前になればいいのにと思った。
私自身、虐待サバイバーとして生きてきた。
もちろん体験の内容も重さも人それぞれで、比べるものではない。
それでも傷を抱えながら生きる人間として、この文章に流れている苦しみや孤独の一端には、確かに共鳴するものがあった。
だからエールを送りたい。
吉本ばななさんは、まだ書く。
そして私は、まだ読みたい。
このnoteは、母親との関係に悩んでいる人、家族のことで息苦しさを抱えている人、過去の傷が時折疼く人、そして大好きな作家の「人間そのもの」に触れてみたい人に届いてほしい。
読んだからといって楽になるとは限らない。
むしろ胸が苦しくなる人もいるだろう。
私もそうだった。
けれど、それでも読む価値がある。
世の中には、読んだあとに元気になる文章がある。
そして、読んだあとにしばらく黙り込んでしまう文章もある。
今朝読んだそのnoteは、間違いなく後者だった。
だからこそ忘れられない。
500円で買えるものはたくさんある。
でも500円で、誰かの人生の断片にこれほど深く触れられる機会は、そう多くないのかもしれない。
※下記の記事の購読料は、全額お姉さんの治療費にするそうです。
