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🌹女風土記🌹 福岡県八女市 女猟師おてる / The Legendary Huntress Oteru

スガ岳
-「西日本新風土記」西日本新風土記取材班 著西日本新聞社1992

「やーれー いつもどんどと 山中お照 雨は降りても 名はお照」
"Ya-a-ray Always Don-do-to (Holy blazing) Midst the mountains Oteru  Even in the falling rain Name is Oteru (Shine)"

おてる 女史
Ms. Oteru
    ? - 11世紀
福岡県八女市日向神地区 生誕
Born in Yame-city, Fukuoka-ken

女猟師おてる 女史は、もとは八女山中の聖地スガ岳に籠って祭祀を司る巫女「おてる」。中世以降、男性山岳修行者らに霊山から追放されました。
The female hunter known as Ms. Oteru is originally part of a lineage of "Oteru" priestesses. However, from the Middle Ages onward, they were banished from these sacred mountains by male ascetics.

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「女猟師伝説」
 昔、スガ岳に女猟師が住んでいました。その名を「おてる」。ある日、古敷岩屋に猟に出かけた帰り路、日向神の川を渡ろうとした時、ふと見ると川面に角の生えた自分の顔が映っています。おてるは、殺生するわが身ゆえ遂に畜生道に堕ちてしまったのだと思って、嘆き悲しんで淵に身を投げて死んでしまいます。以後、そのあたりを誰が呼ぶともなく「おてる淵」と称するようになり、いつの頃からか、近づくものに祟りを為すので決して近づかないように、と土地の人々は戒め合うようになりました。
(『八女郡黒木町八升蒔はじめ月足・枝折・横手・北大淵の山伏伝承』) 

「スガ岳の女猟師墳墓」
 女猟師伝承が残っているのは『日本書紀』で「八女縣」「八女国」と呼ばれる現在の広川町・立花町・上陽町・黒木町・星野村・矢部村の4町2村で構成される山岳農村地帯。西から東へ緩やかな傾斜を成して九州山地へ連なるその中央を、西の有明海に向かって貫流する矢部川が度々水害をもたらした奥八女のスガ岳に「おてる」は住んでいました。黒木町の東はずれ日向神ダムのほとりにそびえる標高720m円錐形の見事な神奈備型で、山頂部には馬酔木の大木が枝を広げ、TV放送局中継所が設置される前の巨岩群のもと、今は小さな石の祠に収められている山の女神「大山津美命」が祭祀されていました。江戸時代文政年間に柳河反藩士が書いた『上妻紀行』には「日菅嶽。頂有婦人以猟為業者塚伝。」と記され、この女猟師の墳墓が「山の神」の祭場であったと考えられています。スガ岳北方の麓に鎮座する日向神社は南方のスガ岳を望む位置にあり、社地のすぐ東側の日向神岩山(黒岩、八女津媛山)はダムに水没した日向神峡谷西端から矢部川に面して岬上に突出しています。

「八女津媛」
 『日本書記』景行天皇条には、「丁酉、八女縣に到る。即ち藤山を越えて、粟崎を以って南を望む。詔して日さく、其の山の峰岫重畳(かさな)りて、且つ美麗しきこと甚し。若し神其の山に在るか。時に水沼県主猿大海奏して言さく。女神有り。名を八女津媛と日う。常に山中に居ます。」という記事があります。八女は今の筑後国八女郡の地で、八女津媛は山中に住居した女酋長、美しい形貌を具えた山が神の坐す所と思われていたことを示しています。「山川草木皆神也」とする古代日本人は「山そのものを神」として崇め、そこに「山は神の聖座」であるとする稍文化的な高天原民族の思想・信仰とが混同していました。

「女人禁制」
 山に巫女が祀られ、「山の神」の化身とも畏れられた巫女「おてる」が八女の山中は聖地スガ岳に籠って太陽祭祀を司り山神信仰を行っていたのに対し、中世以降、男性の山岳修行を中心とする宗教者たちが次第に霊山を独占するようになり、巫女達の存在は急速に弱まって女人禁制のスローガンのもと山から追放されます。修験道において大切な呪術的要素のひとつは太陽の運行を知る「聖(ひじり)=日知り」。八女郡黒木町の津江神社から入峯して、八女郡矢部村東部と大分県日田郡前津江村の県境にまたがる御前岳を結ぶ阿蘇系山伏たちの山岳修行ルートの中間地点にあたるのが「日向神岩」。この付近一帯は有力な金鉱床を含む地域として知られ、矢部村東の県境に近い大分県中津江村の鯛生金山は昭和初期に産金量日本一を誇ります。山向こうの星野金山の開発は鎌倉時代に遡り、修験文化の興隆期にあたります。修験者たちは水源地を掌握し、太陽の運行を熟知し、金山の光明を背景に、「護摩灰」の霊力を持って民衆に臨む「山の神の代官」となります。

「伝説の妖怪」
 山岳信仰の担い手が巫女たちから男の修験者たちの手に移っていく過程で、山岳に君臨した聖なる巫女「おてる」らは祭祀者の地位から失墜し、追放され、日向山中をさまよう女猟師として語られ、角を生やして醜く変り果て、ついには淵に身を投げて里人たちに祟りをなす、伝説の妖怪へと零落していきます。こうして狩猟・炭焼き・木挽きといった山仕事に携る人々は平野部の農耕民とは異なる「山の民」として、生活の舞台である山の神が女神であり、山の聖域に女が足を踏み入れるのを同性である山の神が嫉妬し山が荒れると考え、また聖域ゆえに赤不浄である女性の入山を忌み嫌って女人禁制という伝統風習を守ってゆきます。八女郡矢部村の木挽き歌に「おてる」の響きが残されています。「やーれー いつもどんどと 山中お照 雨は降りても 名はお照」

*高知県土佐市清水附近を中心に四国各地に聞かれる女猟師「岩屋のおかね」の話があります。『柏島記』(1700年頃)はじめ『高知県史 民俗資料篇』収載。

-「女マタギは巫女だった!八女の山中に女猟師伝承を追う」(「西日本新風土記」西日本新風土記取材班 著西日本新聞社1992.6, p34)
-「女猟師伝承の検討-山岳信仰の古形態 宮島正人」(「北九州大学国語国文学 (2)」北九州大学国語国文学会 編 北九州大学国語国文学会1988-11, p8)
-「日本の伝説 2 (松谷みよ子のむかしむかし ; 7)」(松谷みよ子 著[他] 講談社, 昭和48)
-八女津媛(やめつひめ)神社 八女市

女風土記 Happywomen
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