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🌹女風土記🌹 オーストラリア 日本の性暴力の沈黙を破った女性 キャサリン・ジェーン・フィッシャー 女史/ Japan's First Woman Breaking Rape Silence, Ms. Catherine Jane Fisher

-Catherine Jane Fisher (Survivior of US Military Rape in Japan)- Hattori- Itokazu- Chisaka (日本外国特派員協会(FCCJ)2013/11/22)


「誰も何もしようとしないなら、私が沈黙を破ろう。自分自身と他の犠牲者に敬意を表そう。」
"If no one else will act, then I shall break the silence. To honor myself and other victims."

「私は正義のために戦うことをあきらめません。」
I will never give up the fight for justice.

キャサリン・ジェーン・フィッシャー 女史
Ms. Catherine Jane Fisher
1960s -     
オーストラリアパース 生誕
Born in Perth, Australia

キャサリン・ジェーン・フィッシャー女史は、性被害を日本で初めて実名公表して、「強姦証拠採取一式(レイプテストキット)」ならびに「24時間対応の強姦被害者救済センター(レイプクライシスセンター)」の整備、
ならびに日米地位協定(SOFA / Status of Forces Agreement)の改善に尽力する草の根人権運動家。米軍海兵隊員による性被害を自ら証言してから10年かけて犯人を探し出し、日本ならびにアメリカの民事裁判で勝訴。ノーベル平和賞ノミネート者。
Ms. Catherine Jane Fisher is a grassroots human rights activist who became the first woman in Japan to publicly reveal her real name after experiencing sexual assault. She is dedicated to establishing "rape kits" (sexual assault evidence collection kits) and "rape crisis centers" (24-hour support centers for victims) in Japan, as well as revising the US-Japan Status of Forces Agreement (SOFA). After testifying about her own sexual assault by a US Marine, she spent ten years searching for the perpetrator herself, eventually finding him and winning civil lawsuits in both Japan and the United States. She is a Nobel Peace Prize nominee.
***

「横須賀海軍基地」
 ジェーンは弁護士を営む父親と一緒に家族でオーストラリアから香港そして日本に移り住み、朝食はキャビアトースト、家政婦と運転手付きの車、贅沢な生活に慣れ親しんで育ちます。日本でタレント事務所にスカウトされるとTVやCMでモデルや女優として活躍。やがて両親が離婚して父親がオーストラリアに戻り、ジェーンは企業や病院で英語を教えながら、横須賀海軍基地でエンジニアとして働くジェリーと交際を育み、前の結婚で生まれた3人の息子たちと一緒にオーストラリアに移住することを話し合うようになります。2002年4月6日ある日、デートで待ち合わせたニュー横須賀ホテルのバーでお酒を飲んでいるとテキーラショット10杯分の酔いに襲われ、到着した恋人・ジェリーの肩に頭を乗せ気を失います。次に、自分の車のなかで知らない黒人男性に襲われていることに気付いたジェーンは意識が朦朧としながらも必死で抵抗、意識がはっきりしてくると恐怖を感じながらも相手をなだめ交渉し隙をついて恋人がいる横須賀米軍基地の正面まで走り出します。「レイプ事件を報告したい。」

-TV actress and model in Japan, until she was raped by a U.S. serviceman in 2002. (Mainichi/Hiroyuki Oba)  Mainichi Japan December 9, 2024

「神奈川県警察署」
 米軍の警備事務所の外に歩いて出たジェーンは、基地に再入場手続きをする強姦犯と出くわします。「彼です!」米軍は日本の警察に通報、ジェーンは到着した神奈川県警察官に「レイプされたので病院に行きたい」と何度も伝えます。「ダメだ。駐車場に戻って調査する。」「ダメだ。警察署で供述を取る。」「ダメだ。開いている病院はない。」「ダメだ。あなたは怪我をしていない。どこか痛いなら見せてみろ。」「ダメだ。あなたをどこにも行かせない。」ジェーンを取り囲む男性警察官らは尊厳も思いやりも示してくれない中、ジェーンは勇敢に振舞い自分で証拠を集めようとします。被害現場で写真を撮られながら下着や化粧品を拾い上げたり、病院に行くことも救急車を呼ぶことも禁止されながら、尿と犯人の精液を容器に集めようとします。自分の車から取ってきた毛布にくるまり、食べ物も飲み物も何も提供されないまま、女性警察官が出勤する午前9時まで待たされます。パトカーで聖ヨハネ病院へ重罪犯者のように連行されると、着替えのガウンも提供されず、男性警察官らをカーテン一枚でへだて、見知らぬ男性医師の前でジーンズを脱ぎ、性被害から8時間以上経過してようやく精液検査をされます。そして抗うつ薬と睡眠薬を処方されると、供述書作成のために被害現場と警察署に連れ戻され更に非人道的な扱いを受けるのです。

-Catherine Fisher is seen in this photo taken by Kanagawa Prefectural Police after she reported the April 2002 rape by a U.S. serviceman. She recalls the experience as a living nightmare. (Photo provided by Fisher) Mainichi Japan December 9, 2024

「24時間体制の性暴力救援施設(レイプクライシスセンター)」
 夕方過ぎにようやく帰宅したジェーンは直ぐにアメリカとオ‐ストラリアの「24時間体制の性暴力救援施設(レイプクライシスセンター)」に電話して、日本の同じような施設を探してもらいますがひとつも見つかりません。母親を悲しませたくないジェーンはオーストラリアにいる父親に電話をします。そしてジェーンはオーストラリア大使館を介してアメリカのブッシュ大統領に抗議の手紙を送るのです。「私は2002年4月6日、日本国横浜に駐在するキティホーク(USS Kitty Hawk CVA-63)搭乗員ブローク・T・ディーンズにレイプされました。彼は同意性交として無罪を主張しています。私の打撲・切傷は消えても心の傷はずっと消えません。駐日米兵の立場を悪用した性被害は後を絶ちません。日本女性に対するこの非人道的行為を今すぐ止めるべきです。」返事はありません。横浜米軍基地の法廷に呼び出されると、付き添いを許されずに犯人と同席させられ不起訴を言い渡されます。外務省や横須賀市長に電話しても何の支援も得られず、検察からは事件を立件できないと言われます。「なぜ強姦犯は保護され、被害者は見捨てられるのか?」ジェーンはPTSDに苦しむのを家族に支えられながら、東京地方裁判所に民事訴訟を起こし、「24時間体制の性暴力救援施設(レイプクライシスセンター)」を設立しようと決意します。そして1945年から記録される日本における米軍の性犯罪や殺人事件について調べ始めます。「誰も何もしようとしないなら、私が沈黙を破ろう。自分自身と他の犠牲者に敬意を表そう。」

-1800RESPECT (National Sexual Assault, Domestic & Family Violence Counselling Service) 
*オーストラリア全国規模の、家庭内暴力・家族内暴力の24時間サポートセンター。

-RAINN (Rape, Abuse & Incest National Network) 
*アメリカ最大の性暴力対策組織、全米性的暴行ホットラインを運営。

「東京地方裁判所」
 恋人ジェリーは去り、パーキンソン病を発病した元夫は家族の世話をできなくなり、裁判費用を捻出しながら3人の子供を育てるジェーンは、日本の女性支援団体に支援を懇願しますが誰も助けてくれません。何度も秘密警察に家の外に立たれ、電車の中まで尾行され写真を撮られます。なかなか強姦犯ブローク・T・ディーンズが法廷に出頭しない中、キティホーク船長トーマス・ヘイルが解雇されたニュースが飛び込みます。キティホーク乗組員(23)が横須賀で強盗未遂と傷害の疑いで逮捕され、別のキティホーク乗組員(29)は東京近郊の成田空港で2.2ポンドのマリファナを日本に密輸した疑いで逮捕されたいうのです。しかし、ジェーンのレイプ事件については一切触れられていません。もまなくブローク・T・ディーンズが国外逃亡して法廷審問は中止に。「私は諦めない。強姦犯の有無にかかわらず法廷審理を続ける。」2004年11月、東京地方裁判所は米軍強姦犯ブローク・T・ディーンズに300万円の支払い(全額支払われるまで年利5%)を言い渡し、ジェーンは他に誰もいない法廷で号泣します。東京高等裁判所に訴訟を起こしたジェーンは、女性裁判官に呼び出されます。「私もレイプ被害になりそうになった。私はあなたの話を個人的に信じているが、他の裁判官は私ほど敏感ではない。」

USSキティホーク (USS Kitty Hawk, CV-63) -Naval History and Heritage Command

「沖縄平和集会」
 母親と新たな恋人・ロビンに支えられながら、ジェーンは二度目の「強姦」に対して、神奈川県警察を相手に訴訟を起こします。日本の強姦被害者に対して行われる野蛮な扱いを変えるためであり、レイプ検査キットの導入を検討することを条件に訴訟を取り下げると伝えますが、敗訴。すぐに控訴します。一方で、PTSDに対処するために、アメリカとオーストラリアにある「24時間対応の性暴力救援施設(レイプクライシスセンター)」に電話をかけ続け、コンピューターで強姦犯ブローク・T・ディーンズを毎晩検索し、米国で筆跡分析者や身元調査を雇い、米国のさまざまな当局に電話し、莫大な費用を費やします。「あなたらしく美しい女性として人生を生きてください」米兵から性暴力を受けた子供のための2008年沖縄平和集会でミドルネーム「ジェーン」だけ公表しサングラス姿でスピーチ。続く日米関係研究者・新原昭二との共同記者会見で、1953年の日米秘密協定の内容を明らかにします。ドワイト・D・アイゼンハワーが大統領に就任してすぐ、国務長官ジョン・フォスター・ダレスが、アメリカ軍人に対する訴訟について各国の管轄権を放棄させる大規模な計画に着手。政府高官・津田実は「日本当局は、日本に重要な案件を除いて、日本有事に際しては全面的に、米国軍法に従う米軍の構成員、軍属、またはその扶養家族に対する主たる裁判権を放棄する」と宣言していたのです。

-David McNeill "Justice for Some. Crime, Victims and the US-Japan SOFA" Asia Psifis Journal March 15, 2009

「アメリカ女性からのメール」
 ブローク・T・ディーンズ強姦犯に対する訴訟、神奈川県警察に対する訴訟、日本初の「24時間体制の性暴力救援施設(レイプクライシスセンター)」設立運動、他の性被害者らの支援に人生を捧げるジェーンは、資金が底を尽いてとうとう家から立ち退きを迫られます。教会に電話して紹介されたフードシェルターで1か月分の食料と米を受け取りながら、仕事をいくつも掛け持ちして続ける活動がようやく認知され始めます。2007年国連は日本政府に「強姦証拠採取一式(レイプテストキット)」ならびに「24時間対応の強姦被害者支援センター(レイプクライシスセンター)」の整備を要請。東日本大震災でインタビューを受けたオーストラリアTV局を介して、オーストラリアのケビン・ラッド首相から数年越しに手紙の返事を受け取ります。「正義を追求するあなたの勇気と声を上げる決意は称賛に値します。東京のオーストラリア大使館は米国政府にあなたの件に対する回答を求めます。」そして7つの裁判を起こし家を3回失い、事件から6年目のある日、アメリカ人女性からメールが届きます。「私も彼にレイプされた」強姦犯ブローク・T・ディーンズは結婚をしていて子供の虐待でウィスコンシン州ミルウォーキー郡の刑務所にいるというのです。

-Milwaukee County Courts | Milwaukee County Circuit Court System

「私はキャサリン・ジェーンです。」
 ジェーンは衆議院議員・赤嶺政賢の手配で日本政府と会談、強姦犯が米国で起こした事件を担当する裁判官に判決文を送付するよう要請します。「日本政府にはあなたの判決文を翻訳して米国に送付する余裕はない。」ジェーンは言い放ちます。「私は正義のために戦うことをあきらめません。」次に、ジェーンはワシントンの米国司法省に電話すると、国際問題局刑事課アジア・アフリカ・中東課第4チームのティム・ハマーに宣言します。「私は裁判に必要な証拠を全て持っています。私は明日、実名で公表します。10年も正義を求めるシングルマザーのオーストラリア人女性の事件が解決しないと、オーストラリアにまもなく開設される米軍基地の良い宣伝にはならないはずです。」続いて、ジェーンはウィスコンシン州の法律事務所に一つずつ電話をして、パーキンス・コイ法律事務所のクリストファー・ハネウィッツから無料弁護を取り付けます。そして沖縄での抗議集会と日本外国特派員協会(FCCJ)での記者会見で本名を公表します。「私はジェーンです。キャサリン・ジェーンです。」日本政府とアメリカ政府はコメントを拒否します。

-"Expat still seeking justice 10 years after alleged rape"  The Sydney Morning Herald 2012/11/26
-"Expat still seeking justice 10 years after alleged rape"  The Sydney Morning Herald 2012/11/26 

「ウィスコンシン州ミルウォーキー郡」
 ウィスコンシン州ミルウォーキー郡の裁判所はジェーンの訴訟を引き受けることを決定。元アメリカ陸軍大佐で元米国国務省職員アン・ライトが、ジェーンに会いに来て支援を表明。「この10年間があなたにとってどれほど大変だったか理解している。あなたは本当に素晴らしい女性で、勇気と誇りに満ちていて、あなたのしていることを多くの人が尊敬している。米国退役軍人も法廷に出席して、あなたを支援する。」米国非営利団体AVAAZのオンラインキャンペーン「米軍によるレイプに正義を」に署名が集まり始めます。宿泊するヒルトンホテルにはFBIが宿泊、隣の壁はダイナマイトで爆破され大きな穴が開けられても、ジェーンは妨害にひるむことなく裁判所に出廷します。日本に戻ると、自宅に侵入しようとする不審者を警察に通報。到着した神奈川県警察はジェーンから外国人登録証を、息子から両指10本分の指紋を取って引き揚げます。朝まで見張りをしていると在日米軍広報部長デイブ・ホンチュルから電話がかかってきます。「我々、米軍はあなたと話をしても何の利益もありません。SOFA(Status of Forces Agreement/日米地位協定)は完璧だ。」ジェーンは言い放ちます。「私は全てを本に書いて公表します。」

-"I am Catherine Jane: The True Story of One Woman's Quest for Justice"

「1$勝訴」
 ひるまないジェーンは政治家や学者らと平和集会・研究会・討論会を開催しながら、日本政府にアメリカ軍人による強姦・殺人事件を扱う特別捜査組織の創設と、「強姦証拠採取一式(レイプテストキット)」ならびに「24時間対応の強姦被害者支援センター(レイプクライシスセンター)」の全国整備を要請します。一方、強姦犯ブローク・T・ディーンズは尋問を中止する保護命令を申請。ウィスコンシン州ミルウォーキー郡裁判所ウィリアム・S・ポカン判事は、日本の民事判決を執行すべきかどうか、宣誓の下で被告に質問する権利があると判断、被告の申し立てを却下。そして相手側から和解案が提示されます。「あなたの事件が米国で認められることに同意する代わりに、彼は何も支払わない。」「私は勝ちたい。お金が目的だったことは一度もない。私がここまで戦ってきたのは、ただ一つ、正義のためだ。」「米軍兵士に強姦されたすべての被害者を代表してこの合意に署名します。人の命には値段がつけられないのです。」事件から12年目の2013年10月15日、ジェーンはウィスコンシン州ミルウォーキー郡裁判所で1ドルで勝訴。米軍は海軍審問の後でブローク・T・ディーンズが強姦罪で訴えられていることを十分承知しながら日本国外退去を命じたことを明らかにします。

「伊藤詩織とブラックボックス」
 「幸せになって。私はあなたの仕事をとても誇りに思っている。長い闘いだったね。」財産や年金を全て注ぎ込んでジェーンと一緒に闘ってきたオーストラリアに住む父親から驚愕の連絡がきます。「あなたじゃない女性が日本の性被害の沈黙を破ったと言っている!」・・・2017年に詩織と名乗る日本人女性からメールが届きます。「2年前に性被害に遭った。コーヒーを飲みながら会って話したい。」会いにいくと、これまでの相談者と違って元気そうな感じで、PTSDの対処方法も裁判の起こし方も知りたがらず、ジェーンの過去15年間の活動について聞きたがります。「あなたはたくさんマスコミを知っているから私に紹介して下さい。」不審に思うジェーンに「あなたみたいな女性になりたいから」。心をほだされたジェーンは、TVプロデューサーや様々なメディアにがんばって紹介します。しっかりした証拠がないので日本の新聞やTVには取り上げてもらえず、日本外国特派員協会(FCCJ)に何とか取り上げてくれるように必死に頼みこみます。記者会見の見込みがつくとしばらくして「あとは雑誌の担当者と対応するからあなたはもう必要ない。」衝撃をうけ体調を崩すジェーンに再びメールが届きます。「私は絶望的だ。」日本外国特派員協会(FCCJ)が彼女のインタビューを断ったのです。「本を書かなければならないので助けて欲しい。」ジェーンはストレスで蝕まれる体を起こして彼女の記者会見のためにかけあいます。ようやく実現した2017年10月の日本外国特派員協会(FCCJ)での記者会見を、ジェーンは入院中のベッドから見ます。すると記者の質問に詩織は答えます。「これまで日本で誰にも助けてもらっていない」。日本のメディアは「彼女が日本の沈黙を破った」と報道。ジェーンは食べ物が咽喉を通らず体重は30kg減、歯が抜け落ち、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、不眠に悩まされる中、オーストラリアの父親も落胆して体調を崩しまもなく逝去します。

-Artwork by #catherinejanefisher Title: Piano Bar from @janesvoice

「Warriors Japan」
 日本の「伊藤詩織」報道は過熱し、長年にわたって懸命に声を上げてきた他の性被害者たち、そしてジェーンの努力また存在がなくなってしまいました。それでもジェーンは世界中の性暴力被害者を支援するために設立した「Warriors Japan」「IamJANE」の活動を地道に続け、性被害者のために裁判手続きやPTSD治療を支援、「強姦証拠採取一式(レイプテストキット)」ならびに「24時間対応の強姦被害者救済センター(レイプクライシスセンター)」の全国整備を促進、性暴力に対する司法対応の改善、男性や少年のための法改正に尽力します。ジェーンは日本に駐留する米軍人による犯罪事件を遡って調査・訴追しながら、米軍が日本の法律を尊重するのではなく従う義務を負うように、日米地位協定(SOFA)を改正する運動を続けます。2016年NGOヒューマンライツナウから表彰され、2019年と2022年にジュネーブの国連人権理事会でスピーチ、2020年と2022年にノーベル平和賞にノミネートされます。「この世界のすべての問題は人間が作り出したものであり、私たち人間が解決できるのです。問題を隠蔽しても、決して消えることはありません。人々が深刻な問題が目の前にあることを認めると、すべてが変わり始めます。私は諦めません。」

「三浦春馬とGolden Door of Opportunity」
 性被害救援活動を続けるジェーンのもとに、俳優の三浦春馬が訪ねてきます。「私の(癒しのアート)作品を贈る約束をすると、とても喜んでくれた。」彼が選んだのは「Golden Door of Opportunity(自由と機会の扉は常に開かれている) by Catherine Jane Fisher」。ところが2020年7月18日に突然の訃報報道。直前まで出演していたTBS番組「おカネの切れ目が恋のはじまり」(TBS / 脚本: 大島里美 / 制作:東仲恵吾 / 演出:平野俊一・木村ひさし)内での悪質なガスライティングと軽薄な追悼文にファンは激怒。彼がラオ・フレンズ小児病院に何度も足を運んで「寄付の見える化」に取り組んでいたチャリティ活動『Act Against AIDS(現在の Act Against Anything)』の収支報告書を、所属事務所アミューズとNPOフレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPANに求めます。そして、彼の死から5年後、日本人によるラオスの児童買春が報道され、外務省が注意喚起する事態に。米国人身売買報告書によると、ラオス政府が中国政府が共同開発を進めるラオス内ゴールデントライアングル経済特区(SEZ)内において国際犯罪組織による労働搾取や性的搾取を目的とした人身売買が横行。彼は米軍に一人で立ち向かったジェーンに、何を相談しようとしていたのでしょうか。

- Catherine Jane Fisher's Instagram (@empowertarian)

-"Kitty Hawk II (CVA-63)1961-2009" Naval History and Heritage Command
-Lloyd Vries "U.S. Aircraft Carrier Captain Canned" CBS NEWS September 4, 2002
-BRYAN WALSH "Walking the Plank" September Times 9, 2002
-Rick Chernitzer "Kunkle is relieved as commanderof USS Kitty Hawk Battle Group" Stars and Stripes February 14, 2003
-"Jane's story Crime without punishment in Japan" Economist Dec 10th 2008
-「ジェーンさん 事件から7年「自由の扉」出版」 琉球朝日放送2009年5月29日
-David McNeill "Justice for Some. Crime, Victims and the US-Japan SOFA" 
Asia Psifis Journal March 15, 2009

-Bruce Vielmetti "Japan rape case leads to legal clash in Milwaukee " Milwaukee News Nov. 23, 2012
-"Expat still seeking justice 10 years after alleged rape"  The Sydney Morning Herald 2012/11/26
- Catherine Makino "Milwaukee Rape Ruling Bolsters Victims in Japan"  Women's eNews 12, 2013
-Kris Kosaka "'I am Catherine Jane': a book whose value transcends its style" Jul 14, 2014 
-Catherine Jane Fisher (Survivior of US Military Rape in Japan)- Hattori- Itokazu- Chisaka (日本外国特派員協会(FCCJ)2013/11/22)
-"I am Catherine Jane: The True Story of One Woman's Quest for Justice (English Edition)" Vivid Publishing 2014/6/11
-Fighting Back Part one | 60 Minutes Australia (2016/05/24)
-The Power of One | 60 Minutes 2016/05/23
-Fisher & Hattori: amend SOFA as a step forward to eradicate rape or rape- murder cases in Japan (日本外国特派員協会(FCCJ)2018/04/05)
-#MeToo My Rape in Japan by US military serviceman (and Police Response)
-Justice for Rape Victims of the U.S. Military by Catherine Jane Fisher (日本外国特派員協会(FCCJ)2021/10/06)
-"Australian woman raped by US serviceman in Japan demands 'SOFA' be amended immediately" Mainichi Japan December 9, 2024
-性暴力なくすため改定を 被害の豪州人女性が語る日米地位協定 (毎日新聞2024/11/27)
-Breaking the Silence in Japan - Catherine Jane Fisher ( JAPANESE VERSION )(2025/03/02)
-Breaking the Silence in Japan ~ Catherine Jane Fisher ( ENGLISH VERSION )(2025/03/04)
-I AM JANE
-World Society of Victimology 世界被害者学会
-認定NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ Human Rights Now
-三浦春馬被嘲罵猴子 疑遭兩導演欺凌戲弄 自由時報 2020/10/03
-三浦春馬生前被嘲似馬騮 揭導演欺凌惡行 Apple Daily 2020.10.02
-「三浦春馬に関するお知らせ(2024年12月9日更新)」
-ラオスにおける児童買春に関する注意喚起 在ラオス日本大使館 令和7年6月17日
-ラオスにおける児童買春に関する注意喚起 外務省海外安全ページ
-2025 Trafficking in Persons Report: Laos

女風土記 Happywomen
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