🌹女風土記🌹 群馬県渋川市 忠治と小団次を育てた女やくざ 菊池 徳 女史 / Chūji and Kodanji's Yakuza Godmother, Ms. Toku Kikuchi

「自分は忠治の妾ではない、忠治を妾にした」
"I wasn't Chūji's mistress, I made him my gigolo."
菊池(旧:一倉) 徳 (登久子)女史
Ms. Toku Kikuchi
西群馬郡有馬村(渋川市有馬町) 生誕
Born in Shibukawa-city, Gunama-ken
1817 - 1878
菊池 徳 女史は国定忠治の妾。4代目市川小団次の後妻*。
Ms. Kikuchi Toku is the mistress of Kunisada Chūji and the second wife of Ichikawa Kodanji*.
*諸説有。According to some.
「長脇差」
「無宿と言えば上州、上州といえば無宿者」「札付きの本場、上州」中山道・例弊使街道・三国街道が開通し関所の数が全国一、宿場には旅館・飲食店が設けられ日銭が落ち、安い人足として浮浪者やならず者を備えた伝馬宿から拡がった賭博は街道周辺の農村に流れ込みます。博徒たちは徒党を組んで親分・兄弟分・子分で結束。道中時に一般庶民に許された小刀脇差よりも長い太刀の柄や鞘を派手に飾って差し、賭博場を警備・運営する側に回って旦那衆から金を巻き上げ、寺社奉行直轄で役人の踏み込めない有力寺社と組んで、アガリ(テラ銭)を納める代わりに祭日や縁日に賭博を開催。博打の大親分となった島村伊三郎、三室勘助、大前田英五郎らは、モザイク状の天領・旗本領・藩領の何処にでも踏み込める巡査官・八洲廻り(関八州取締出役)の「道案内」また「目明し」となって長脇差を十手に持ち替える「二足の草鞋」でご奉公。受け持ち区域を巡回して袖の下を貰い、領主からは巡業の芝居・相撲・見世物などの興行権を与えられ、旗本からは委任代官として知行所の徴税を任されます。親分たちはこうして得た縄張りの拡張と奪取のための勢力争いを繰り返します。
「かかあ天下」
上州には男勝りな女賭博が多く、毎日張った打ったのたかだか百文か二百文の勝負に血眼になって荒くれ男を相手に一歩も譲りません。秋の刈り入れが終わった二十三夜の晩は女の縁日、花札を真ん中に4文銭が飛び交う「めくりばち」が始まります。御用がかかると、夜通し蚊に襲われながら山中に隠れ、見つかると名主宅で縛り上げられ、詫び状を取られてようやく放免されます。賭博の親方たちの内縁の妻は「姉御」と呼ばれる「女やくざ」。国定忠治の内縁の妻・お徳は、資産家の家に生れながら一家が没落。遊女屋に身を売り娼妓となります。兄は高林の清水観音住職・田村仙岳。2年ほどで五目牛村の豪農・菊池千代松に見受けされその後妻となるも、数年で死別。30歳そこそこでやもめ暮らしをしているうちに、「二足の草鞋」を履かない大親分・国定忠治が通い詰め、嫉妬に明け暮れながらも夫を満足させてやりたい本妻・お鶴の許しを得て、忠治の妾となります。国定一家が八州役人や他の親分から襲撃を受ける度に、「お鶴姉さん」から檄を飛ばされたお徳は財政立て直しに奔走。獲り手が探索にくると、お徳は地下室に忠治を匿い、役人を面詰して追い払います。「お前はもと泥棒をして投獄されるところを、親分に取りなしていただき助かったのじゃないか。大恩ある親方を縛ろうとする、犬畜生にも劣る恩知らず者よ。」
「施しと罪滅ぼし」
天保の大飢饉に豪農や米屋から隠し米を集めて村民に施した忠治は、赤城山中から命令を出して、遊び人で槍名人の板割(屋根葺き職人)の浅太郎を使って、赤城南麓の大親分・三室勘助の屋敷に忍び込ませ、勘助の胸元を一突きし、そばで泣き出した2歳の太郎吉の首を斬りつけます。江戸通いの船を持つ一丁株(資産家)の船問屋から自ら無宿者になり、上州賭博ではじめて「道案内」を任され、生涯に一度も人を殺めなかった島村一家の大親分・町田伊三郎を、忠治は子分10人と闇討ちします。「一、中丈殊之外太り候方 一、顔丸く鼻筋通り 一、色白き方 一、髪大たぶさ 一、眉毛こく其の他常体 角力取共相見へ申し候」大手配され、別の愛人・お町宅で中風に倒れた忠治をお徳が世話をします。本妻・お鶴は、栃木で忠治の子・国次を育てる別の愛人・お貞を世話します。博徒たちの紛争をまとめる大親分・大前田英五郎に自決をすすめられるも拒否した忠治ともども、隠匿幇助したお徳とお町と子分4人は唐丸籠に入れられて江戸まで送られます。道中、お徳は用意しておいた天保銭をお町と2人で籠の中から散銭して人々に恵みます。白洲に引き出され尋問を受けたお徳は答えます。「自分は忠治の妾ではない。忠治を妾にした。忠治に何ら恩顧はないので処罰される筋合いはない。」はりつけ刑で14本の槍を受けて絶命した忠治の首を、押し込め刑を終えたお徳は手を回して持ち出し、忠治の菩提寺の和尚に託します。
「白浪物」
お徳は大金を工面して江戸に上がると、深川・木場で古くから材木問屋を営み海運業に乗り出したばかりの須原家の女主人・おつるの妹分・お琴*として住み込みます。おつるは歌舞伎界の有力な後援者で、市川小団次と先妻・お里の間に生まれた清助(のちの5代目市川小団次)を養子としていました。市川小団次宅のある浅草の役者新道まで7軒ほどの道筋を、お琴は贔屓客として何度も行き来して積極的に働きかけると、姉分・おつるの世話で清助を連れて後妻として市川家に入ります。面倒見がよい親分肌のお琴は、名脚本家・河竹黙阿弥(新七)を市川家から離しません。「都鳥白浪(忍の惣太)」「蔦紅葉宇都谷峠(文弥殺し / 宇都谷峠)」「鼠小紋東君新形(鼠小僧)」「網模様燈籠菊桐(小猿七之助)」「小袖曾我薊色縫(十六夜清心)」「三人吉三初廓買(三人吉三)」「青砥稿花紅彩画(白浪五人男 / 弁天小僧)」「勧善懲悪覗機関(村井長庵)」「処女翫浮名横櫛(切られお富)」「月缺皿恋路宵闇(紅皿欠皿)」「船打込橋間白浪(鋳掛松)」と「白浪物」(盗賊が主人公)で人気を博す夫・小団次は北町奉行所に呼び出されます。「反社会的な芝居で世間を騒がせぬように」まもなく夫に先立たれたお琴は、家事の切り盛りを良くして貧しさから抜け出せなかった市川家の財産を大いに増やし、嗣子・小団次と養子・左団次を明治の名優に育て上げます。
*お琴とお徳が別人説も有り。
-「実録上州とばく史話 (あかぎ文庫シリーズ ; 2)」(しの木弘明 著 / あかぎ出版1983.12)
-「国定忠治おんな列伝 : 忠治をめぐる五人の女」(渡辺明 著 / 吾妻書館1982.7)
-群馬県遊民史 : 県民性と青少年犯罪の史的背景(萩原進 著 / 上毛新聞社1967)
-「伊勢崎史話 4」(伊勢崎市立図書館, 1961)
-「上州遊侠大前田栄五郎の生涯」(浅田晃彦 著 /新人物往来社1983.4)

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