忘れもの大王、本領発揮
忘れもの大王シリーズと銘打ちながら、そういえば“忘れもの”そのものは、あまり書いていなかった。
というのも、彼にとって忘れものは、息をするのと同じくらい当たり前のことだからだ。
わざわざ書くほどのことでもない。
むしろ、無事に持って行けた日なんて、あったのだろうか。
小学校の中学年から、私は水筒を持たせるのを諦めた。
毎日学校に忘れて帰る。
学校から「持って帰ってください」と言われても無理だ。
学校に水筒がたまっていく。
遠足の日だけは持たせるが、帰ってくることは期待していない。
困ったのは弁当だ。
中学までは給食があったので良かったが、高校に入ってしばらく弁当を持たせていたら、こちらの精神が削られた。
やめた。
管理しない。
私が病むから。
体操服を自分で気づいて持って行けた日は、心の中で大喝采だ。
そして今日。久しぶりに本領発揮である。
今日は定演の日。
いつもは全然できないのに、こういう大事な日に限って、彼は自分で起きて、自分で用意をする。
やる気をそがないように、私は気づかないふりをしながら聞き耳を立てる。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。忘れもの、大丈夫?」
いつもなら「大丈夫」とそっけないのに、
今日は違った。
その場で持ち物を確認して、
「大丈夫、いってきます!」と、
元気に出て行った。
なんと頼もしい。
息子の成長に、涙がちょちょぎれそうになる。
私は安心して、朝のコーヒーを飲みながら、noteに向かった。
1時間後。電話が鳴る。
見知らぬ番号。
悲しいかな、わかってしまう。
息子「靴と青いシャツ忘れた。あと黒っぽいネクタイ、今すぐ持ってきて!」
……はい?
靴?
玄関に出してたよね?
青いシャツ?
今回の衣装だよね?
黒っぽいネクタイ?
え?知らないよ、うちに無いよ?
買ってこいってこと?今日の今日?
悲しいかな、慣れている。
玄関に置きっぱなしの靴と、部屋に放置されていた衣装のシャツをつかみ、 脳みそをフル回転させてネクタイを探す。
運良くたまたま帰省していた娘のクローゼットに、奇跡的に黒っぽいネクタイがあった。
大急ぎで袋に詰め、会場へ届ける。
母は言いたい。玄関で、何を見たのだ、息子よ。
忘れもの大王は、やっぱり忘れもの大王だった。
