見えない愛の値段 第3話
「アキラの裏切り」
玲子がアキラと初めて会ったのは、六本木のバーだった。アキラはその夜、スーツ姿のままカウンターに座り、物憂げにグラスを傾けていた。玲子はふと彼に声をかけた。
「一人で飲むのも寂しいですよね。」
その言葉にアキラは驚いたように顔を上げ、少し戸惑った表情を見せたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。その笑顔に玲子は何か懐かしさを感じ、思わず心を動かされた。
彼は普通のサラリーマンで、地方から上京してきたばかりだという。
玲子は彼の話に耳を傾けるうちに、今まで出会ってきた「成功した男たち」とは全く異なる彼の素朴な人柄に魅力を感じ始めた。
派手さはなく、堅実で真面目そうな彼の姿が、玲子の心の隙間を埋めるように見えたのだ。
「玲子さん、僕、東京での生活が正直、辛かったんです。仕事も厳しいし、家賃も高い。
でも、こうやって玲子さんと話していると、少しだけ心が軽くなります。」
玲子は小さく微笑み、アキラのグラスに手を伸ばしながら応えた。
「私も似たようなものよ。何不自由なく見えるかもしれないけど、心が満たされることはあまりないの。」
二人はその夜、カウンターで語り合い、店を出ると、六本木のネオン街を歩いた。
秋の夜風が心地よく、玲子は久しぶりに誰かと一緒に歩く喜びを感じていた。
その日を境に、二人は頻繁に会うようになった。アキラは玲子に頼ることもなく、むしろ彼女を楽しませようと、庶民的なレストランや隠れ家的なカフェに連れて行った。
玲子は、彼との時間がとても新鮮で、何より彼の優しさに心が癒されていくのを感じた。
「玲子さん、僕、玲子さんのこと本当に大切に思ってる。僕なんかじゃ釣り合わないって分かってるけど、それでも…。」
ある日、アキラは玲子に告白した。
その純粋な言葉に、玲子は胸を打たれた。
自分の資産や肩書き、年齢を超えて、彼は玲子自身を見てくれているように思えたのだ。
「ありがとう、アキラ。そんなふうに言ってくれるの、嬉しいわ。」
玲子は彼の手を取り、そっと握りしめた。
それが始まりだった。
彼と会うたびに、玲子は少しずつ心を開き、そして彼に対して特別な感情を抱くようになっていった。
やがて二人は高級ホテルで逢瀬を重ねるようになった。玲子は今までの男たちと違い、アキラには物をねだられることも、気を遣うこともなく、ただ一緒にいられることを楽しんだ。
だが、ある日、アキラは玲子にこう切り出した。
「玲子さん、僕と…将来のこと、考えませんか?」
玲子は驚いて彼を見つめた。
「将来って…どういう意味?」
アキラは少しの間、沈黙した。
その表情には戸惑いと躊躇が入り混じり、玲子の心に嫌な予感が走った。
彼はそれでも勇気を振り絞るように口を開いた。
「玲子さん、僕、正直なところ…経済的にすごく苦しいんです。玲子さんみたいな余裕のある人と一緒にいられるのは夢のようだけど、僕にはあなたを幸せにすることができない。
だから…僕を支えてくれませんか?
玲子さんの経済力があれば、僕はもっと自由になれるし、あなたにもっとたくさんの愛を返せると思うんです。」
玲子はその瞬間、全身の血が逆流するような感覚を覚えた。結局、彼もまた、彼女の「資産」だけを見ていたのだ。
アキラの目には、玲子という一人の女性ではなく、「経済力」を持つ存在としての玲子しか映っていなかった。
「自由に生きるために私を支えろってこと?」
玲子の声はかすかに震えたが、アキラはそれに気づかないまま、さらに言葉を重ねた。
「そうじゃないんです。僕はただ、玲子さんにふさわしい男になりたいんです。
もっと自信を持って玲子さんと一緒に歩きたいから…どうか、助けてくれませんか?」
玲子は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
今まで出会ったどの男たちも、同じような言葉を口にしていた。だが、彼らは最初から金銭的な要求をしてきたのに対し、アキラは玲子に「愛」を感じさせながら、巧妙に心を掴んだ後でその本音を打ち明けた。
「……わかったわ。」
玲子はゆっくりと口を開き、スマートフォンを取り出した。そして、彼の目の前で振り込み画面を開く。
「アキラ、これで十分?」
玲子は多額の金額を彼の口座に振り込み、彼に画面を見せた。アキラはその数字を見て、目を見開いた。
「玲子さん…こんなに…」
玲子は冷たい笑みを浮かべたまま、スマートフォンをポケットにしまい、アキラの瞳をじっと見つめた。
「これが最後。もう二度と会わないで。」
その言葉を聞いたアキラは、一瞬言葉を失ったが、やがて小さく笑い、頷いた。
そして、スーツのポケットから名刺を取り出し、玲子に差し出した。
「…玲子さん、本当にありがとう。これが僕の本当の連絡先です。もしまた会いたいと思ったら、連絡して。」
玲子はその名刺を無言で受け取り、アキラの顔を見ないままバッグにしまった。
彼は何も言わずにホテルの部屋を出て行った。
玲子は彼の去っていく背中を見送りながら、もう一度、心の中に空いた大きな穴を感じていた。優しい笑顔も、穏やかな言葉も、すべてが嘘だったのだと理解した時、その傷は深く、癒えないものになるだろう。
「お金で買える自由なんて、いらないのに…。」
玲子はポツリと呟き、ベッドに横たわった。
彼女の手の中には、アキラの名刺が残されていた。それをじっと見つめ、玲子はゆっくりと引き出しにしまった。
いつかまた、誰かと心を通わせることができる日が来るのだろうか。
玲子はただ、そう願いながら、静かに目を閉じた。
#Limitless Creations
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