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追悼 小松達也 同時通訳の草分け

 先週8月11日、小松達也さんが92歳で御逝去されました。
『通訳翻訳ブック』にもたくさんの言葉や思い出をいただきました。
 取材の際、自転車でご自宅に戻られた後ろ姿は今でも鮮明によく覚えています。
 心からの謝意を表するとともにご冥福をお祈り申し上げます。

サイマル・インターナショナル 公式サイト ポスト より

 同時通訳者の小松達也氏が2026年8月11日に逝去された。サイマル・インターナショナル公式サイトがXで投稿し、発表した。92歳だった。

 ご冥福をお祈り申し上げます。

 #小松達也 先生、心からお悔やみ申し上げます。
 涙が止まらない。
 あたたかいお言葉をたくさんかけて下さった。
 通訳者に「英語発音を指導していただけませんか」とお声をかけて下さったのも先生だ。 発音指導の原点を作って下さった。
 「英語の世界」にいる数少ない「本物の英語のプロ中のプロ」。

米山明日香  ポスト より

 英語音声学者の米山明日香氏は小松氏の訃報を受け、追悼文をポストした。小松氏が米山氏に発音指導を懇願したことがきっかけとなり、音声教育指導の原点になったという。

 小松氏は国際会議の同時通訳者として世界の表舞台で活躍してきた同時通訳の立役者だ。東京外国語大学を卒業後、1960年に日本生産性本部駐米通訳員を経て、米国国務省の言語課にて勤務した。帰国後、サイマル・インターナショナルアカデミーの創設に携わり、数多くの通訳者への後進の指導を行ってきた。

 サイマル・アカデミーはサイマル・インターナショナルが母体の通訳・翻訳者養成校として数多くのプロの通訳者を輩出した専門学校だ。小松氏は創設者として明確な理念を「特別なメッセージ」にて表明している。

言葉の力は、半分は知識であり考える力です。

通訳者は常に自らの外国語の力を磨き続けなければなりません。

小松達也 特別なメッセージ サイマル・アカデミー 公式サイト

 上記の言葉は通訳者や翻訳者でなくとも、言葉を愛する人間にとって意味深いメッセージだ。AI時代の到来によって英語をはじめとする言語学習は容易になったが、やはり重要なのは自ら外国語の魅力を学び、磨き上げていくことである。小手先の言語技術だけでは通用しない。それはAI音声アプリやChatGPTさえあれば十分だ。では、何が必要なのか。

 小松氏のメッセージの続きは一貫して次のように述べる。

 外国語を正しい日本語に訳すのみならず、母語である日本語を正確で自然な外国語で表現しなければなりません。そのためには高い英語力など外国語の力が必要です。通訳者は常に自らの外国語の力を磨き続けなければなりません。これは一生続く作業だと思います。

 また通訳者は話の内容についてもある程度の知識を持っていなければなりません。それがなければ、刻々と変わる世界の動きについてのスピーチを理解できないからです。日ごろから世界情勢に関心を持ち、英字新聞やTIMEなどの雑誌を読みCNNなどを見ることによって、外国語力を磨くと同時に世界の情勢に明るくあってほしいと思います。

 この二つは現代の知識人にとっても必須のものでしょう。サイマル・アカデミーはこのような人材を育て磨くことによって、質の高い会議通訳者を供給し続けようとするものです。

小松達也 特別なメッセージ サイマル・アカデミー 公式サイト

 ここで強調したいことは二つある。

 ① 一生モノの外国語の力を身につけ、常に磨き上げること。

 ② 日頃から世界情勢に関心を持ち、社会時事に関連するニュースを見ること。

 これが現代に生きる世代へ語り継いでいきたいメッセージだ。

 世界情勢に目を向けるということはその背景についての知識と深い洞察力が必要になる。世界の歴史や民族、文化、風習などの人文科学から地球環境、宇宙、テクノロジー(特に生成AI)などの自然科学まで幅広い教養を身につける。特に通訳者にとっては欠かせない要素だ。

 小松氏は「ロング・インタビュー<後編>」でQ&A形式でインタビュアーからの質問に答えた。その中で重要だと思ったことを二つ挙げておく。

若いうちにやっておきたかったことは?

小松: 長期の海外滞在や海外経験です。日本人にとって、日英の通訳においてどれだけ自然な英語にできるかというのはなかなか難しいことですよね。僕は留学したこともないし、初めて外国に行ったというのは生産性本部の件で、すでに通訳の仕事として行った時だったから。

 初めのころはしばらく英語出しが苦手でしたよ。母国語ではない、第二外国語をどれだけ吸収し、体得できるか。自然さもスピードも違ってくるので、若いうちから海外留学や海外経験ができる人はとてもいいなと思います。

通訳・翻訳ブック『小松達也 ロング・インタビュー プロとして学び、働き、生きていく』2020年4月10日

 確かに若いうちに海外留学や海外経験を積んでおくことは重要だ。だが、日本人のほとんどは海外へ飛びたいかと思えばそうとも言えない。

 元来から内向き志向が強い。海外へ行くことはリスクを伴うからだ。

 世界各国を見てみると、治安の悪化や犯罪の多発する街の数々、気候変動の激しさなどの凄惨な状況を見るにつけ及び腰になってしまう。

 それに比べて、日本は清潔で治安が良く、規律を守って暮らす国である。傍からみれば「天国」だ。安全な社会だ。景気低迷や災害の多発など暗いニュースが飛び交うのは事実だ。けれども、なんだかんだ言って居心地のよい社会である。Z世代以降の若者にとってはどうか。雇用は改善され、高収入も得られる。就職氷河期世代と比べると景気変動に左右されることなく安定した生活を送っている。このような安全な生活環境から脱して、身の危険を感じるほどの冒険をしたくない。そんな心理が働いている。もちろん、中には海外へ出て挑戦する志の高い若者はいる。でも、それはごく一部しかいないだろう。

 日本社会はキャリアの面でもたった一つのルートしか許されない。

 学校を卒業後に新卒で正社員として企業に入社し定年まで40年ないし50年間勤めるという一本道のキャリアしか約束されていない。

 新卒を逃してしまったり、会社を辞めるという選択をしたりすると後々面倒なことになる。

 最大の問題は、年金だ。

 いったん会社を辞めると、厚生年金から国民年金に変更される。国民年金を長期間支払ったとしても、将来もらえる年金額は低いとされる。その反面、会社に入って厚生年金に加入し40年以上の社会保険料を払い続ければ将来受け取る年金額は国民年金支払者よりも高いとされる。
 こういった事情から、厚生年金を払い続けるほうがはるかに得であり、転職も含めると長く会社勤めにいたほうが安泰ということになる。

 それに、令和を生きる日本の若者たちの将来不安は著しく強い。いつ自分の生活レベルが下がるか分からない。災害や経済低迷によって老後の暮らしが貧困まっしぐらになると先回りして考えてしまう。

 備えあれば患いなしということわざがあるように、人生を逆算して生きる若者が多いのは現実味を帯びている。だから、会社人生という一本道に固執してしまう。親世代も同意する。

 これでは海外へ飛び立とうと思わない。

 このような心理的ハードルは社会課題として取り組むべきことであろう。

AIは通訳者に変化をもたらすか?

小松: 最近、AI翻訳・通訳が増えてきて不安がっている人もいると聞きます。翻訳はマニュアルのようなもので一部利用されるようになるでしょうが、通訳はない。人の話は絶対に機械化はできない、と僕は思う。人間は感情のある生き物でしょ。通じ合うことがあるじゃない。言葉はそれがわからないと伝わらないから。機械にわかるように意識して話すのなら(機械による通訳も)可能だと思うよ。だけど、そうじゃないでしょ。そんな風に話さないでしょ、普通は。だから、知識と感情が混ざり合う口頭の言葉や話を機械でわかるというのは無理でしょうね。それに、人間の言葉の力は今も昔も変わらない。だから、通訳という仕事がなくなることはないと僕は思っています。

前記事

 「人の話は絶対に機械化できない」と強く説く小松氏。「人間の言葉の力は今も昔も変わらない。」という言葉も示唆に富む。人間にとって言葉の力とは何か。AIに代替できない話術とは何か。深く考えされてくれる。

 小松氏は英語界隈でも学習者の間で広く知られていた人物の一人だ。

 著書も多数執筆している。

訳せそうで訳せない日本語  きちんと伝わる英語表現ジャパンタイムズ出版
通訳の英語 日本語文春新書
通訳の技術研究社
英語で話すヒント――通訳者が教える上達法岩波新書

  いずれの著書は2000年代に入って刊行されたものである。通訳者だけでなく英語学習に余念がないビジネスパーソンも重宝されてきた。小松氏の英語学習メソッドや通訳の極意は英語界隈でも一定の評価を得ていたようだ。

 なんとYouTube動画もある。サイマル・アカデミー公式チャンネル『小松達也の訳せそうで訳せない日本語』というショート動画だ。言葉に関する解説が主となる。(サンプル動画は以下の通りです。)

 小松氏のグローバルな視点で物を考える思考やマインド、英語への情熱は次世代の通訳者や英語学習者たちに引き継がれていくであろう。


 ここで予備知識を付け加えておく。

 サイマル・アカデミーは小松氏以外に忘れてはいけない人物がいる。

 村松増美氏(故人)のことだ。

 日英会議通訳のパイオニアとして活躍し、帰国後にサイマルインターナショナルの創設に参加した。顧問を務めつつ、主要国首脳会議(サミット)などの日英会議で辣腕を振るった。退任後、アジア発の国際ユーモア学会に参加し、日本笑い学会の理事にも就任した。次世代の子供たちに笑いとユーモアを届ける活動をしてきた。

 残念ながら、2013年3月に82歳で他界してしまったが、その功績や知的遺産はサイマル・インターナショナルで訓練を受けた通訳者たちに深く影響を受けたに違いない。

 村松氏の魅力は英語力や卓越した通訳の技術だけではない。ユーモアセンスも群を抜いていたのだ。

 『英語のユーモアを磨く』(角川oneテーマ新書)や『だから英語は面白い  話し上手はユーモアから』(たちばな出版)などの著書を出し、英語とユーモアの大切さを世の英語学習者に伝えてきた。

 小松氏や村松氏の偉大なる功績は我々日本人英語学習者にとっても忘れてはならない貴重な存在なのである。

 二人の賢人の教えを引き継ぎ、国際会議などの表舞台で活躍するサイマル・インターナショナルやサイマル・アカデミー出身の通訳者や翻訳者は星の数ほどいる。

 そのうちの一人、翻訳者の成瀬由紀雄氏である。

 成瀬氏は小手先の翻訳技術を教えるのではなく、本物の翻訳力を教えるためのメソッドを授業で展開されている。本物の翻訳力とは何か。的確な翻訳をするために何に気をつけるべきか。日々言葉に関する研究を重ねながら、後進の指導にあたっている。

 なお、成瀬氏は複数のスタッフとともに「ことさきく」というプロジェクトを主宰している。

 コラムでは言葉にまつわる話や英語の学び方などをテーマとする議題を書いている。

 成瀬氏とスタッフの方々が強調したいこと。それは一生モノの言葉の力を磨くことだ。高度な英語力を身につける。日本語を大切にする。世界の動きに目を向ける。以上の3つの事柄はグローバル社会で生きていくための条件になる。

 結局のところ、成瀬氏の価値観の中には小松氏の教えを代々受け継いでいるようだ。

 近年、言葉を粗末に扱う人々が後を絶たない。SNSでの激しい誹謗中傷や他者への心許ない表現は見逃すわけにはいかない。

 我々日本人には代々受け継がれてきた美しい日本語が存在することを忘れてしまってはいないか。

 大和言葉、慣用句、ことわざ、季語、俳句、詩、短歌、方言…。

 日本には多種多様な表現方法がある。

 明治の文豪の言葉もそうだ。

 夏目漱石、谷崎潤一郎、森鷗外、三島由紀夫など。

 名だたる文豪たちの作品を読むと、華麗で瑞々しい文体に心がうっとりする。文学作品をこよなく愛している人々は物語の描写を繊細な表現で書き綴っているところに魅力を感じるのではないか。

 昭和時代に入ってから、松本清張や司馬遼太郎などの国民的作家が読みごたえのある小説を次々と発表した。彼らの筆力と豊富な表現力には圧巻だ。

 彼らがつくってきた豊富な日本語の表現は現代でも大切にしなければならないと思う。英語圏にいる人々もそうだ。自国の言語を愛さないことに未来はない。そう強く意識している人は少なからずいる。

 我々日本人も日本語を大切にする意思を持ち、次世代に受け継いでいくために日本語を護る意識を持っていく必要があるのではないか。

 私は言語を愛する者として、言葉を大切にする意志はこれまでもこれからも変わらない。



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