#23「Rock'n Rouge」 【松田聖子ちゃんグラフティ】
黄金の1983年を駆け抜けたその勢いのまま、1984年2月1日にリリースされた聖子ちゃんの16枚目のシングル「Rock’n Rouge」。この曲は、カネボウ化粧品「レディ80 BIO リップスティック」の1984年春CMソングとしてタイアップされた、明るくポップな春の代表曲です。
作曲はユーミン アレンジは松任谷正隆さん
デビュー曲「裸足の季節」では資生堂のCMに起用されていた聖子ちゃんが、今度はその競合であるカネボウのCMに登場。しかもタイアップ商品は“口紅”。化粧品メーカーにとって春の「口紅」プロモーションは、年間の中でも最重要案件とされるほどのビッグプロジェクトでした。
化粧品のプロモーションは春=口紅/夏=UVケア/秋=アイシャドウ/冬=基礎化粧品といった季節ごとの戦略が定番。その中でも春の口紅CMは“企業の顔”として、もっとも力を注がれる存在です。
そんな大事な広告に、トップアイドルである聖子ちゃんが抜擢されたことは、まさに「時代の象徴」。それまでの化粧品CMは、彫りの深い顔立ちの外国人モデルや、ハーフ・クォーター系の端麗なスタイルをもつモデルが主流でした。そこに起用されたのは、親しみやすく、可憐で、なおかつ強烈な時代のアイコンとして支持されていた“国民的アイドル”松田聖子。
彼女の起用は、「化粧品CM=憧れの女性像」の定義を大きく塗り替える出来事でした。そしてこの成功が、のちの南野陽子さん、中山美穂さん、ら後続のアイドルたちへと受け継がれていく――そんな転換点にもなったのです。
“PURE PURE LIPS”という壁
そんな重要なCMソングとして制作された「Rock’n Rouge」には、もうひとつ大きなハードルがありました。それが、**「PURE PURE LIPS」というフレーズを必ず歌詞に入れること」**という、クライアントからの条件です。
カネボウとしては商品名と連動したキャンペーン展開を想定していたため、このキーワードをサビに自然に織り込む必要がありました。ですがこの“外からの指定”は、表現に強いこだわりを持つ松本さんにとって、なんともいえない違和感となったのかもしれません。
結果、松本さんはこのタイアップ詞の制作で珍しくスランプに陥り、締切直前になっても連絡が取れなくなるほど悩んでいたとも言われています。百戦錬磨の作詞家がスランプになるとは意外ですが、事実ボツバージョンなども出回っております。完成されたものしか聞いてないファンからすれば「PURE PURE LIPS」はそれほど広告的なイメージは無いように感じますが、やはり自分から生み出していない言葉に対する違和感が拭えなかったのか、その感覚は本人でなければわからないのも事実です。
正直なところ、上記バージョンを聞くと、「お前ごときに何がわかる」と松本隆ファンの方に怒られるのを承知で言えば──やっぱりちょっと、字余り感や字足らず感が気になってしまいます。
普段の松本さんの詞って、歌詞ハメが恐ろしく精緻で、言葉のリズムとメロディの呼吸が完璧に合ってる。でもこのバージョンには、そうした“松本マジック”がまだかかっていないというか、乗りきれてない感じを受けます。
「唇そんな軽く許せないけれど」の歌詞の部分などからもわかるように、リリース版の「KISSはいやと言っても反対の意味よ」のハメ方が断然気持ちいい。
PURE PURE LIPS
気持ちはYES
KISSはいやと言っても反対の意味よ
PURE PURE LIPS
待っててPLEASE
花びら色の春に I WILL FALL IN LOVE
最終的に松本さんは、「LIPS/KISS/YES/PLEASE」と“s”の響きで韻を踏む形にまとめ上げました。
サビの語感としても非常に心地よく、音の跳ね方が美しい。このあたりは、さすが松本さん、と唸らされる仕上がりです。
実際、CMのタイアップという観点で考えれば、サビの30秒で「PURE PURE LIPS」がしっかり耳に残れば、クライアント的にはそれでOKなはずなんです。にもかかわらず、実際にはかなりの歌詞の変更が行われている。しかも、そのボツバージョンすら聖子ちゃんが仮歌を入れているという事実を考えると、制作の裏側では相当な葛藤と試行錯誤があったことがうかがえます。
リリース版は言葉選びが研ぎ澄まされていて、「PURE PURE LIPS」みたいな広告コピーですら自然に溶け込ませる手腕は、さすがとしか言いようがないです。
海岸線のストーリーから、ふいに舞台を引き戻すような「横断歩道 白いストライプの上」という都会的な描写。ここがまた、妙に洗練されていて印象に残るんですよね。ストーリー的には“唐突”かもしれないけど、詞の世界観としてはむしろすごく鮮やかで、ある意味広告っぽさもある。
結果的に、たどり着いたこのリリースバージョンが「正解」だったことに、誰も異論はないはずです。
15秒バージョン
30秒バージョン
