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『モモの古道具屋さん』タイトル:一日だけのパン屋さん(第十二走者)

『モモの古道具屋さん』
タイトル:一日だけのパン屋さん


エルフィアの森の奥に、ひときわ大きな古木がある。

根元には小さな扉。
その上には、木の中へ光を取り込む小さな窓。

その大樹の中にひっそりと店を構えているのが、モモの『古道具屋』だ。

今日も店の中では、誰かに大切にされてきたものたちが、新しい出会いを待っている。

カランコロン。

「いらっしゃーい!」

モモが顔を上げる。

入ってきたのは、五十代くらいの女性だった。
どこか疲れたような顔をしている。

「ここ、買い取りもしてもらえるんですよね?」
「もちろん!」
「じゃあ……これをお願いできますか」

女性が取り出したのは、一枚の紙だった。

「紙?」

「はい。秘伝のレシピなんです」

「レシピ?」

モモの白い翼がぴくっと動く。

「秘伝ってことは、すごくおいしいの?」

「ええ」

女性はそこで初めて笑った。

「とっても。うちの人気商品だったんです」

モモはさっそくレシピを受け取った。
何度も折り畳まれ、端は茶色く変色している。ところどころについた油染みからも、長い間使われてきたことが分かった。

「お店やってたの?」

「ええ。祖母が始めた小さな店を母が継いで、そのあと私が」

女性は懐かしそうに答えた。
けれど、すぐに表情が曇る。

「でも、先日の大雨で調理場も倉庫も水に浸かってしまって。設備もかなり傷んで、一部はもう、動かなくなってしまいました」

「……そっか」

「全部直して、また始めることも考えたんですけど……関係者と話し合って、店は閉めることにしたんです」

モモはレシピへ視線を落とす。

一番上には、
『コロッケパン』

その下には、パンの材料、コロッケの作り方、揚げる時間。はさみ方のコツ。何度も数字を書き直した跡のあるソースの配合まで、細かな文字が紙いっぱいにびっしりと並んでいた。

けれど、その隙間には妙なことまで書かれている。

『あとで食べるという人には袋の口を少し開けて。「冷めたら閉じてね」と伝える』

『元気がない人には、無理に聞かない。ひとことだけ添えて渡す』

『三個以上買ってくれる人には、小さいおまけをひとつ』

『「がんばって」より「いってらっしゃい」の方がいい』

モモが首を傾げた。
「パンと関係ないことも、いっぱい書いてあるね」

「そうですね。祖母が書いたものも、母が書いたものも、私が足したものもあります」

女性は懐かしそうに紙を見る。

「ふーん……」

モモはしばらくレシピを眺めた。

「これ、売れないなあ」

「あ……そ、そうですか」

「でも、買い取るよ!」

「え?売れないのに?」

モモは胸を張った。
「だって、そんなにおいしいなら、モモが食べてみたいし!」

そして、ちょっぴり得意げに笑った。

「食べたあとは、次に使ってくれるふさわしい人を探すからね」

女性は目を丸くしたあと微笑んだ。

「今までこのレシピで、たくさんの人が笑ってくれました。お代はいりません。また誰かを笑顔にできるなら……それだけで嬉しいです」
そう言い残し、女性はモモに一礼した。

カランコロン。

やがて店の中には、モモと一枚のレシピだけが残った。

その日の夜。

「…………」

モモの前には、コロッケパンになるはずだった“赤黒い何か”が置かれていた。

パンは膨らまない。(……なんで?)

コロッケは油に入れた瞬間、ぱかっと割れて中身が逃げ出す。(うわぁぁ!じゃがいもぉぉ)

ソースは、なぜか真っ赤で、ものすごく酸っぱい。(……事件?)

一口食べたモモは、そっと皿を置いた。

「……やっぱりパン屋さんプロに聞こう」

切り替えは早かった。

それからモモは、いくつかの町で評判のパン屋を聞いて回った。

すると、一人が
「パンのことなら、太郎さんとフミさんっていうご夫婦がやってるパン屋さんに行ってみたら?」

別の人に聞いても
「フミさんなら、きっと親切に教えてくれるよ」

また別の人まで、
「ああ、それなら太郎さんとフミさんのところだね。長くやってるし、丁寧でおいしいって評判だからね」

不思議なくらい、同じ名前が返ってくる。

さっそく訪ねてみると、モモを迎えてくれたフミは、穏やかな笑顔の年配の女性だった。
突然訪ねてきたモモにも嫌な顔ひとつせず、店の仕事がひと段落すると、すぐに話を聞いてくれた。

「それで、うちに来たの?」
「うん!」

事情を聞いたフミは、レシピを受け取った。
材料と作り方を読み、やがて余白の書き込みへ目を移す。

「いいレシピじゃないの」

「でもそこは、パンと関係ないことばっかりだよ?」

「そう?」
フミは笑った。

「おいしいものを作るだけじゃなくて、お客様のことを毎日ちゃんと見ていたのが分かるよ」

「お客様を見てるって?」

「今日は元気かな。この人はいつも急いでるな。どんな味が好きだったかな、って」

モモは一番気になっていた文字を指さした。

『「がんばって」より「いってらっしゃい」の方がいい』

「これも?」

「そうね。みんな、もう十分がんばってるからねえ」

フミは優しく笑う。

「そんな時は、もうひとつ『がんばって』を渡すより、『いってらっしゃい』って送り出すだけでいいこともあるでしょう?」

「……そっか」

それから数日。
モモは店が閉まるころを見計らって、フミのもとへ通った。

生地のこね方、コロッケの揚げ方。

特に秘伝のソースは難しく、何度作ってもなかなかうまくいかない。
モモだけではどうにもならないところは、だいぶフミに手伝ってもらった。

そうして、ようやく完成した。

揚げたてのコロッケに、甘みと酸味のきいたソース。
しゃきしゃきの千切りキャベツと一緒に、ふっくらしたパンに挟んで――。

「いただきまーす!」

モモが大きな口でかじる。

「…………!」

白い翼がばさっと開いた。

「おいしいっ!」

フミが笑う。
「よかったねえ」

モモは夢中でもう一口。
そしてコロッケパンを見つめた。

「これ、モモだけ食べるのもったいない!」

「ん?」

「みんなにも食べさせてあげたい!」

勢いよく立ち上がる。

「モモ、一日だけ、パン屋さんやる!」

「あらあら」

フミは楽しそうに笑った。

「ほんとに面白い古道具屋さんねえ」

それから数日後。

古道具屋の前には、たくさんのコロッケパンが並んでいた。

「あ、そうだ!」

モモはフミの店先に“看板”があったことを思い出した。
白木の板を引っぱり出し、その辺にあった炭で大きく文字を書く。

【コロッケパンありま~す】

「よし!」

「……え?それ、看板?」
通りかかった青年が足を止めた。

「そうだよ!」

「分かりやすいけど、ちょっと寂しいな」

「え~……じゃあ、描いてみてよ!」

青年は笑いながら板を受け取ると、モモの文字を布でさっと拭き取った。
それから置いてあったレシピと実物のコロッケパンを見比べながら、

『本日限定!揚げたてコロッケパン』

と大きく書き、その横に、ふっくらしたパンからコロッケが顔をのぞかせ、湯気が立っている絵を添えた。

「おおー!食べたくなる!」

「うん、それなら成功だね」

「看板描くの上手だねぇ」

「前にバイトしてた武道具屋さんで作ったことがあるんだ」

看板と呼ぶほど立派なものでもないんだけどね、と青年は少し照れくさそうにスマートフォンを取り出した。
画面には、ぱっと目に飛び込んでくる、『あうとれっと』の文字。

「なんでひらがな?」

「……うーん、デザイン?」

「ふーん、たしかに目立つね。お得感も出てるかも?」

「看板って、店がお客さんにする最初の声かけみたいなものだからね。『ちょっと見ていかない?』って」

「なるほどー」

モモは完成した看板を眺めながら、うんうんと頷いた。

「じゃあ、これお礼!看板代だよ」

モモはコロッケパンを差し出した。

「じゃあ、遠慮なく」

青年が一口かじる。

「…………」

「どう?」

青年は答えず、もう一口。
今度は、何かを確かめるようにゆっくり噛んだ。

「……このソース、この味……」

「おいしいでしょ?秘伝なんだって!」

青年は、さっき看板を描く時に見たレシピへ目を向けた。

「それ、もう一回見せてもらっていい?」

「うん」

改めてレシピに目を通す。

「たぶんこれ……俺が通ってた高校の購買で売ってたコロッケパンだよ」

「こうばいって?」

「高校の中にある店のことだよ」

「あの女の人、学校の中でお店やってたんだ!?」
モモが目を丸くした。

「俺、そこの卒業生なんだよ」

青年はもう一度コロッケパンをかじった。

「懐かしいな……」

すぐには次の言葉が出てこなかった。
ただゆっくり噛んで、昔の何かまで一緒に味わっているようだった。

「おいしかったよ」

食べ終わると、青年は笑った。

「パン屋さん、がんばってね」

そのまま軽く手を振りながら、森の小道の向こうへ去っていった。

新しくなった看板と、森の中に漂うパンの香り。
それにつられて、いつもの客だけでなく、森に暮らす者や、たまたま近くを通った旅人まで次々と足を止めた。

「限定なんだって!」
「じゃあ二個!」
「まだある?」
「モモちゃん、こっちも!」

「ちょ、ちょっと待ってー!」

作っても、作っても、売れていく。

日が傾くころ。
最後の一個が売れた。

「つ、疲れたぁ……」

モモは机に突っ伏した。

その前には、売り上げのエルがぎっしり入った箱。
そして、古びたレシピ。

モモは二つを見比べる。

「…………」

やがて、にっと笑った。

「よし」

モモの一日限定パン屋さんから、ひと月後。

「ねぇ、どこへ行くの?」

「いいからいいから!」

モモに手を引かれていたのは、あの日レシピを売りに来た女性だった。

やがて、一つの高校が見えてくる。

「え、ここ……」

女性の足が止まった。

校舎へ入り、下駄箱が並ぶ昇降口を少し進んだ先。
かつて自分が購買を開いていた場所に、たくさんの生徒が集まっていた。

「順番!ちゃんと並んでよ!」

「おばあさん、おつり!」

「今やってるわよ!ちょっと待って!」

レジでは、慣れない手つきでモモの知り合いのおばあさんが大慌て。
その奥では、おばあさんの夫の浩太おじいさんが、直した設備を一つずつ確かめている。

「あ!」

生徒の一人が女性に気づいた。

「購買のおばちゃん!」

「ほんとだ!」

「戻ってきてよ!」

「購買なくなると寂しいよ!」

女性は呆然と立ち尽くした。

「でも……設備が……壊れて……」

「直ったよ!」

モモが胸を張る。

「全部買い替えなくても、使えるものは結構残ってた。駄目になった部品だけ取り替えれば何とかなったよ」
浩太おじいさんがそう言って、自分の腕をパンッと叩いた。

「でも、修理代が……」

「一日パン屋さんの売り上げも、修理代に使ったから!」

モモがエルの入った袋を掲げる。

「俺の工賃はコロッケパンで十分だよ」
浩太おじいさんが笑う。

「学校も、ここまで直せるなら残りは協力してくれるって!」

女性は何か言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。

そこへ一人の男子生徒が近づいてきた。

「あのさ」

「……なあに?」

「モモちゃんには言わないでね」
男子生徒はモモをちらっと見る。

「あのコロッケパンも、すっごくおいしかったんだけどさ……やっぱり、すこーし違ったんだ」

女性が息を止める。

「俺、おばちゃんのコロッケパンが食べたい」

「聞こえてるよ!」
モモがぷくっと頬を膨らませる。

周りから笑い声が上がった。
男子生徒も照れくさそうに笑い、モモもつられて笑った。

「はい!」

モモがあのレシピを差し出した。

女性は何も言わず、震える手で受け取る。
しばらく、そこに並んだ祖母と母と自分の文字を見つめていた。

モモはレシピを握ったその手を、両手でぎゅっと包んだ。

「モモが、次に使ってくれるふさわしい人を探すって言ったでしょ?」

女性がゆっくり周りを見渡した。

待っている生徒たち。
少し離れたところでは、先生まで目元を拭っている。

「…………」

女性は言葉を飲み込むように、そっと目を閉じた。
こらえていた涙が、そのまま頬を伝っていく。

レシピを胸元へそっと寄せる。

それからモモへ。
浩太おじいさんへ。
おばあさんへ。

三人へ向かって一度、深く深く頭を下げた。

それから少しして。
高校に購買が戻ってきた。

「今日は試合でしょう?」

竹刀袋を肩にかけた生徒に、女性が声をかける。

「うん!」

いつものようにコロッケパンを渡しながら、女性は笑った。
その何気ないやり取りも、いつか誰かが愛おしく振り返る、かけがえのない思い出になるのだろう。

「いってらっしゃい」

「いってきます!」

物に宿った物語が、もう一度動き出すのを見届けて、モモはふわりと地面を離れた。

「また、いいものに出会えるといいな」

古道具屋のある森へ向かって、白い翼が青空にやわらかな軌跡を描いていく。

物語はまた、次の出会いへ――。


(おしまい)



第十二走者、晴久が担当させていただきました。

KoKoRoの物語リレー『モモの古道具屋さん』、第12走者として参加させていただきました。ありがとうございました!

今回は、古道具屋へ持ち込まれた一枚の古びた「レシピ」から始まる物語を書かせていただきました。

そして今回も、安定のおばあさんと浩太おじいさんに、力を貸していただきました。(いつもありがとうございます!)

さらに、枝本 幸様の作品から、太郎さんとフミさんが営むパン屋さん、そしてフミさんにも登場していただいています。
モモがパン作りに悪戦苦闘する中、フミさんには優しく手を差し伸べていただきました。(幸さん、お許し頂きましてありがとうございます!)

また、物語の中には他の作品につながる小さな要素も、こっそり忍ばせています。
気づいた方は、ニヤッとしていただけたら嬉しいです(笑)


そして、物語は次の走者様へ――。
よろしくお願いいたします。

#KoKoRoの物語リレー
#モモの古道具屋さん

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