アラフォー無職女 会社内の雑談がとにかく嫌いだった
数週間前、Instagramで「秒速5センチメートル」の1シーンを見た。
「雑談が多いんですよね」「ちょっと生産性のない話し合いがおおいですよね」「無駄話が多い。仕事に関係ない雑談。」
数秒間に収まった主人公の発言と過去の自分が重なった。
自分とまったく同じことを思っている人がいるんだという嬉しさと、雑談してる時間があるなら仕事しろと内心メラメラしていた自分への怖さと、本当は雑談の中に入って楽しく話したかったんだよなという心の寂しさと心のホンネを見えないように蓋をしてきた自分がいた。
本当はめっちゃ話したかったんだ。
でも、うまく馴染めない自分へのいい言い訳の言葉だった。
この映画の途中に、「雑談」をする意味を軽く触れる言葉が交わされ「あぁ。そうゆうことか。」と府に落ちた。
ネタばれは避けたいので、どんな言葉が発せられたのかは詳しく言えないが、今のわたしは無職で人と話さない生活が続いているためより「雑談」という言葉を今までとは違う視点から考えることができた。
もし仕事を続けたタイミングでこの言葉に出会ったら何をバカな事をと思っていたかもしれないし、会社を辞めた半年間ほとんど人と話さない生活のこのタイミングだからこの言葉が心に沁みたのかもしれない。
このタイミングが最良だったのだ。
この映画はあまりにも真っすぐで美しすぎて、発せられる言葉の美しさと輝きを放ちすぎてわたしには眩しい世界観だった。
過去に眩しいくらい綺麗な出来事や出会い、溢れるような感情を知った。あまりにも夢のような眩しすぎる過去の思い出といつのまにか自分の人生に希望が見いだせない大人になった今の自分。ずっと自分だけ取り残されて生きているように見える。
どこで誰と何をしていても
ここじゃなかった
生きていたくも死にたくもなかった
いつも遠くを見ているふりをして泣き叫びたかった
こんな感情にもこの映画はちゃんと前に進んでいるから「大丈夫」だよって伝えてくれる。
居場所が変われば出会いも変わる。
小さな時の好きな事が大人になった今の自分に繋いでくれる時がある。
出会いや言葉は最善なタイミングで起きる。
だからこそ、出会いや言葉は大切。
この世には数パーセントの奇跡の出会いと言葉がある。
私たちには自分が知っている言葉を並べて、近くにいてくれる人に感謝の気持ちを伝えたり、気持ちに蓋をせずに真っすぐに相手に言葉を伝えることができる。
わたしは秒速5センチメートルとか、時速〇〇キロで宇宙に到着するとかそうゆう言葉が好きだ。
科学的証拠がなくてもロマンを感じる。
人と人が友達になる確率、出会う言葉の数、再会できる確率。
映画館で見れてよかった。
