新1年生の「学校行きたくない」。焦る親心と、見極めたい問題の本質。
「学校行きたくないなぁ、嫌だなぁ」
でた!
入学以来、渋らずに小学校へ
行っていた長女が、
ここ1カ月ほど毎日のように
そう言い始めた。
そんな長女に対して、
「そっか〜、学校嫌なんだね」
と気持ちを受け止めつつ、
しばらく観察していて
私が思ったことが2つある。
①「行きたくない=行かない」ではない
長女は「行きたくない」とは
言いながらも、一応毎日、
仕方なく(?)学校へ行っている。
これは私たち大人も
同じではないだろうか。
「仕事行きたくないな」と思いながらも
毎日出勤していたり、
「仕事辞めたいな」と思いつつも
すぐに辞表を出したりするわけではない。
だから、長女が「行きたくない」と
言ったからといって、
それが即「行かない」や「不登校」に
直結するわけではない。
長女なりに
「行きたくない」という本音と、
「行かないといけない」という
義務感の間で、
一生懸命に葛藤している
最中なのだろうと想像している。
②幼稚園から小学校という環境の変化は、
思いの外大きい
先生やお友達といった人間関係が
刷新されるのはもちろん、
学力や集団生活のルールなど、
就学前後では子どもに求められる
ハードルが大きく変わってくる。
大人からしたら当たり前の
ステップアップでも、
こうした目に見えない大きな変化は
子どもにとっては時に
負担に感じるのかもしれない。
子どもの「学校行きたくない」の背景には
色々あると思うけれど、
長女は元々、新しい環境に慣れるまで
時間がかかるタイプだ。
不登校が珍しくなくなり、
・休ませる
・転校する
・フリースクールを探す
といった多様な選択肢が
選べる時代だからこそ、私はまず、
「問題の本質はどこにあるのか」
を冷静に見極める視点が必要だと感じた。
もちろん、もし原因がいじめや
心身の危険に関わるようなことであれば、
大人が即座に介入して環境を変えるなどの
対応が必要になってくるかもしれない。
その見極めは本当に難しいなと感じる。
けれど、今、長女にとって必要なのは、
環境そのものを変えることではなく、
新しい環境に適応するための
「時間」なのだろう
というのが、今の私の見立てだ。
もし問題の本質を見誤ったまま、
焦って環境を別の場所へと変えたとしても、
長女はきっと次の場所でまた同じ壁にぶつかり、
同じ悩みを繰り返すことになるだろう。
子どもが「学校に行きたくない」と言った時、
大人側には色々な選択肢が思い浮かぶし、
焦ったり不安になったりする気持ちも出てくる。(実際私もそうだった)
結論を急がず、子どもの揺らぎを
ただ見守るというのは、
エネルギーも忍耐も必要だ。
いつでも手を貸せる準備や逃げ道は作りつつも、
まずは本人が自分の力で
その壁を乗り越えるのを信じて待つ。
それが、「学校行きたくない」を
目の当たりにした私が、
今の長女に対してできる
最大のサポートなのかなと思いながら、
もうしばらく静かに見守ってみようと思っている。
長女の登園しぶりと小学校入学の話↓
登園しぶりしていた幼稚園を泣きながら卒園した話↓
