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【ショートストーリー】バレンタインチョコ

 10年ぶりに20センチもの積雪の日。
車で何とか夕方からのバイト先へ行くことが出来た。
 バイトが終わって、タイムカードを通すと、
「咲希さん、新しい靴買ったんですよ、外で見てもらえますか?」と、後輩のツナグくんが笑顔で言いながら自分のタイムカードを通した。
「う、うん。じゃあ、外で待ってるね」そう言って、スタッフオンリーの女子ロッカーで着替えて靴を履き変えて、今日持ってきてロッカーに入れて置いた高級チョコの入ったリボンのついた紙袋を持って、急いでここのホテルのレストランの店の裏の出口を出た。バイトの終わる午後9時でも雪はまだ残っているのかと思っていると、
「咲希さん」とツナグくんが、笑顔で声を掛けて、
「こんな天気に履きたくなかったけれど、咲希さんに見てもらいたくて」と照れ臭そうに言った。
「なかなか、良いじゃん」靴のことは詳しくないので、そうとしか言えなかった。
「はい、これどうぞ」と、バレンタインのチョコを渡した。
「あ、そっか、今日か。ありがとうございます」また笑顔でツナグくんは、チョコを両手で受け取った。
「卒業して、休みに入ったら旅行したいなって思ってるんですよ」そう言うツナグくんは、高校をもうすぐ卒業して、東京の大学へ行くので、バイトは、この2月で辞めるらしい。
「私も行きたいな。行く時、誘ってよ」
「行きますか?行き先は決まってないですけど、決まれば、一緒に行きましょう」またもや笑顔で、ツナグくんはそう言った。
「うん」こちらも笑顔で、返事する。バイトが終わった他の人たちも自分たちの前を通ってバイクに乗って家路へと帰っていく。
「じゃあ、またバイトの時間に」手袋をして自転車に乗ってツナグくんが笑顔で言った。
「うん、またね」こちらも手を振ってバイバイした。ツナグくんも度々後ろを振り返って手を振って自転車に乗ってまだ雪の積もる道をこいで行った。
 ツナグくんは、2月までのバイトだけれども自分は、まだバイトを続ける予定でいる。

 2月が過ぎて、ツナグくんがバイトを辞めると、バイトへ行くのがこんなに辛いとは思わなかった。ツナグくんに時々電話をして話をする。
 この日も、雪が降った晴れの日だった。
「何してたの?」と訊くと、
「雪で、小さな雪だるまを作ってました」
何だか子供だな、と思った。

 それ以来、ツナグくんとは、会えていないし連絡もないししなくなった。バイトもツナグくんが辞めて自分も直ぐに辞めた。

 バレンタインのお返しもなく。

 10年後、テレビをみていると、あのバイトで一緒に働いていたレストランのコック長がインタビューを受けていた。懐かしいな、まだあのレストランで働いていたんだ。ツナグくんも元気かな、ふと思った。

 自分は、バイトをあれから辞めて、同じ県内で大学へ行って、4年医療系の仕事に就いて、そこで知り合った男性と結婚した。
 結婚2年目、私の誕生日にお祝いしょうと夫が割烹を予約してくれた。どんな店か私は前もって調べてみると、自分が以前バイトしていたあのレストランで働いていたと口コミに綴られていた。あのコック長かな。

 誕生日の当日、割烹らしい白い暖簾と明るい木の格子戸でそれだけで店の清潔感が漂う。格子戸を引いて、店に入ると、
「いらっしゃいませ」と店の人が声をかけた。
 懐かしいあのコック長は、いなかった。
話を聞くと、
「働いてましたよ。みんな仲は悪かったですけどね」と、言った。
 作家さんに作ってもらったような器に出てきた焚き合わせの料理を一口食べた。
 あのホテルのレストランで正月、バイトしてた時、コック長から、
「ご苦労さん、少ないけど、おせちの料理、持って帰って食べて」と、持って帰って食べたあの味がした。繊細で自分には絶対真似出来ないプロの腕前の味、きっとこの味はずっと忘れないだろう、そう思った。

#バレンタインチョコ
#あの味
#ショートストーリー

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