競技未経験の指導者へ。指導する資格は、プレー経験の長さでは決まらない
練習メニューを組んだノートを、夜になって何度も見返す。明日、選手から「これで本当に合ってますか」と聞かれたら、うまく答えられる自信がありません。自分はこの競技を一度もプレーしたことがないからです。
コーチ、監督、部活動の顧問として選手の前に立ちながら、心のどこかで「自分にこの役目を務める資格があるのだろうか」と感じたことはないでしょうか。周りには、選手時代に実績を残した指導者もいます。比べるたびに、経験のなさが自分の弱点のように思えてくるかもしれません。
その引け目は、決して怠けているから生まれるものではありません。むしろ、真剣に選手と向き合おうとしているからこそ、足りない部分に敏感になっているのだと思います。
ただ、その不安の前提そのものを、一度疑ってみる価値はあります。この記事では、「プレーした経験の長さ」が、実際に指導の質をどれだけ決めているのかを、研究データをもとに確認しながら、経験の有無よりも重要だと考えられる要素を紹介します。
「経験がない」という引け目は、どこから生まれるのか
「プレーできた人=分かる人」という思い込み
多くのスポーツの現場には、「そのスポーツで結果を出した人が、そのスポーツを一番よく分かっている」という暗黙の前提があります。選手として活躍した指導者の言葉には自然と重みが感じられますし、未経験の指導者は逆に、発言のたびに「素人が口を出している」と思われていないか気になってしまいます。
この前提自体は、まったくの的外れではありません。実際にプレーした経験は、動きの感覚やその場の空気を理解する助けにはなるでしょう。ただし問題は、この前提が「プレー経験がなければ、良い指導はできない」という逆方向の思い込みにまで、いつの間にか広がってしまっている点です。
経験の差は、指導者同士を比べても意外と小さい
この思い込みを検証する手がかりになる研究があります。ドイツ・ミュンスター大学とカナダ・ヨーク大学の研究チームが、サッカーの選手36人・指導者37人(合計73人、いずれもアマチュアレベル)を対象に、試合映像を見せて次のプレーを予測させたり、ハーフタイムのスピーチを考えさせたりする実験を行いました。
結果はやや意外なものでした。選手時代の実力をもとに「経験豊富な指導者」と「経験の浅い指導者」に分けて比べたところ、とっさの状況判断や試合展開の予測では、両者の間に大きな差はほとんど見られなかったのです。差が現れたのは、ハーフタイムにどう言葉を選ぶかという、指導そのものの実践の中でしか磨かれない部分でした。

対象はアマチュアレベルのサッカー選手・指導者であり、学校の部活動の指導者とは背景が異なります。それでも、「選手としての実力の高さがそのまま指導力の差になる」とは言い切れないことを示す結果だと言えるでしょう。指導という仕事には、プレーの実力とは別に、指導の実践を通じてしか育たない力があるのです。
経験の有無より、指導者を支える3つの姿勢
プレー経験が指導力のすべてを決めないとすれば、代わりに何が指導の質を支えているのでしょうか。ここでは、競技経験の有無に関係なく誰でも磨ける、3つの姿勢を紹介します。
1. 技術ではなく、状態をよく観察する
未経験の指導者が身構えてしまうのは、「フォームの良し悪しを見抜けなければいけない」と思い込んでいるからかもしれません。しかし選手の様子を注意深く見る力は、技術の目利きとは別のところにあります。
いつもより口数が少ない、視線が合わない、練習に来る時間が微妙に遅くなった。こうした小さな変化に気づく観察力は、競技経験の有無ではなく、選手をどれだけ見ているかの量によって育つものです。技術は分からなくても、様子の変化には気づける指導者はたくさんいます。
2. 話を最後まで聞き、先に結論を出さない
経験の少なさを自覚している指導者ほど、「早く頼りになるところを見せたい」という焦りから、選手の話を最後まで聞く前にアドバイスを挟んでしまうことがあります。しかし選手が本当に求めているのは、的確な答えよりも先に、「自分の話をちゃんと受け止めてもらえた」という感覚であることが少なくありません。
質問攻めにせず、選手が話し終えるまで待つこと。分かったふりをして相づちを打つのではなく、分からない部分は正直に聞き返すこと。これは競技経験がなくても、今日から実践できる姿勢です。
3. 気分や日によって、関わり方を変えない
指導者自身に余裕がない日は、つい対応が雑になったり、逆に必要以上に構ってしまったりすることがあります。選手にとって一番不安なのは、指導者の機嫌によって態度が変わることです。
関わり方を一定に保つという一貫性は、経験の長さではなく、指導者自身の心構え次第で誰でも実践できる部分です。むしろ経験が浅いからこそ、「今日はいつも通り関わろう」と意識的に自分を保とうとする指導者は、選手からの信頼を積み重ねやすくなります。

現場からの実例:経験のなさに向き合った2人
バレーボール未経験のまま、顧問を任された教員
数学の教員として採用され、その年のうちにバレーボール部の顧問を任された人の話です。ルールはなんとか把握していたものの、レシーブの細かい姿勢を選手に指導できるほどの知識はありませんでした。
最初のうちは、選手からの技術的な質問に答えられないたびに、申し訳なさで小さくなっていたといいます。しかしあるとき、技術指導は経験者の外部コーチに任せ、自分は練習中の選手の表情や声のトーンを観察することに徹してみました。すると、普段は元気な部員が急に静かになっていることに気づき、声をかけたところ、家庭の事情で悩んでいたことが分かりました。技術は教えられなくても、変化には気づける。その経験から、この教員は「自分にできる指導の形がある」と感じられるようになったといいます。

入部歴の浅いキャプテンと、後輩たちの視線
ある部活動で、経験の浅さを自覚しながらキャプテンに指名された生徒の話です。他のメンバーより競技を始めた時期が遅く、技術的には後輩に劣る場面もありました。「自分がキャプテンでいいのか」という迷いを抱えたまま、大会前のミーティングを迎えたそうです。
技術面で引っ張ることをあきらめ、代わりに一人ひとりの意見を最後まで聞き、決めたことは大会当日までぶれずに伝え続けることに集中しました。結果を出せたわけではありませんでしたが、後輩の一人から「技術より、いつも同じ態度で接してくれることが安心できた」と言われたといいます。経験の差を技術で埋めようとするのではなく、関わり方の一貫性で補った例だと言えるでしょう。
明日から、あなたが向き合うべきたった1つの問い
競技未経験であることは、指導者としての資格を失わせるものではありません。研究が示していたのは、指導者同士を比べたときに、プレー経験の差がとっさの判断力の差に直結するとは限らないという事実でした。
観察すること。最後まで聞くこと。関わり方を一定に保つこと。この3つはいずれも、競技経験の有無ではなく、あなたが選手にどれだけ向き合うかによって育っていく力です。

もし今夜も「経験がないから」という言葉が頭に浮かんだら、それを「今日、選手をどれだけ見られただろうか」という問いに置き換えてみてください。経験の差は埋まらなくても、その問いへの答えは、今日から積み重ねていくことができます。
観察力や聞く姿勢をどう具体的な行動に落とし込むかについては、今後の有料記事でもテーマ別に詳しく取り上げていく予定です。よければ「モチベーション・自己啓発」マガジンをフォローして、続きをお待ちください。
