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『笑わない娘の卒業写真』

写真館の店主という仕事は、他人の幸福に勝手な額縁をつける仕事である。

 入学式、七五三、結婚式。人は皆、写真の中でだけは、少し立派に見えたがる。私はその願いを引き受け、皺を薄くし、影を柔らかくし、ときには本人より先に「はい、笑って」と言ってきた。

 娘の紗季には、それが通用しなかった。

 卒業式まで、あと六日だった。

「一枚でいいんだ」

 私はカメラのレンズを、妻の残した白いクロスで磨きながら言った。

「卒業の記念に。ちゃんと笑ったやつを」

 紗季は店の奥、古い写真帳を整理していた手を止めた。

「笑わなきゃだめなの」

 その言い方が、私には責めるように聞こえた。

「だめじゃない。ただ、せっかくの卒業式だろう」

「お父さんは、写真になると何でも“せっかく”にするね」

 紗季はそう言って、壁に飾ってあった一枚の写真を裏返した。

 若い妻が、幼い紗季を抱いて笑っている写真だった。

 私は、娘が母親のことまで捨てたいのだと思った。母親に似ていると言われるのが嫌なのだと思った。だから、腹が立った。

 けれど、腹が立つときの私は、だいたい何かを見落としている。

 翌朝、店の前に、破れた証明写真が落ちていた。

 紗季の写真だった。

 制服姿の彼女の口元だけに、黒い油性ペンで大きな笑い口が描かれていた。まるで、顔に貼りつけられた不出来な仮面だった。

 写真の裏には、見覚えのある字で書かれていた。

 ――笑わないと、お母さんみたいに消えるよ。

 私はしばらく、それを拾えなかった。

 店の中ではストーブが灯油の匂いをさせ、外からは雪解けの水が、細い音を立てて流れていた。写真館の静けさは、いつもなら上品だったが、その朝だけは、死んだ魚の腹のように白かった。

 紗季が写真を嫌っていたのではない。

 写真の中で、誰かに勝手な顔を与えられることを恐れていたのだ。

 私は、彼女が裏返した写真を見直した。妻の腕の中の幼い紗季は笑っている。けれど写真の端には、私の指で直した小さな傷があった。

 紗季はその傷を、隠していたのだ。

 母の写真を捨てたかったのではない。自分が笑っていた頃を、これ以上汚されたくなかったのである。

 卒業式の朝、私は学校へ電話をした。

 毎年受けていた卒業アルバム用の撮影を、断った。

 校長は困った声を出した。年度末のこの仕事は、うちの写真館にとって小さくない金だった。私はその金で、古い暗室の屋根を直すつもりだった。

 だが、私はもう、子どもたちに「笑って」と命じる側に立ちたくなかった。

 代わりに、写真仲間へ撮影を頼んだ。

 そして卒業式が終わる頃、私は店の二階の窓を開け、光を入れた。

 紗季は制服のまま、ゆっくり入ってきた。

「撮るの?」

「いや」

 私はカメラを三脚に置いた。

「撮らなくてもいい。今日、ここに来たことだけ覚えておけばいい」

 紗季は黙っていた。

 私は妻の白いクロスを、カメラの横に置いた。以前はレンズの曇りを消すための布だった。その日は、紗季が自分の指先を拭くための布になった。

「自分で押す?」

 彼女は少し迷ってから、リモコンを受け取った。

 窓の外では、春になりきれない風が、古い看板を鳴らしていた。

 紗季は笑わなかった。

 けれど、まっすぐカメラを見た。

 私はその顔を、美しいと思った。笑顔よりも、ずっと正確に、娘がそこにいた。

 シャッターの音がした。

 小さく、乾いた音だった。

 それでも私は、その音を、何かが壊れた音ではなく、ようやく始まった音のように聞いた。

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