見出し画像

(374) 苅谷剛彦「日本人の思考―ニッポンの大学教育から習性を読みとく」



こんにちは。

散歩の道すがら水面からわずかに顔をのぞかせていた苗は、緑を濃くして伸び伸びとしてきました。令和のコメ騒動のさなか、苗たちは何を思うのでしょう。シロサギが数羽田んぼの中を歩いています。この長閑さと主食をめぐるドサクサはあまりにも不釣り合いです。備蓄米を放出し、不足すれば輸入すればよいとする、かの世襲大臣の隠された意図を勘繰りたくなります。農協を悪者にして颯爽とヒーローを演ずる。それによってコメ問題が解決するわけではありません。主食の生産を確保し、食料自給率を上げる努力を地道に政策化すべきです。農家の高齢化と農産物価格の不安定さは懸念材料です。農協を叩いて郵政民営化騒動の再現はご免です。

梅雨入り宣言直後の真夏日、気候の極端な変動は、身体の変調と政治・社会の異常事態をもたらすのでしょうか。

さて、今回の書評は学歴と親の資力との連動による、文化資本などの概念を提供してくれた教育社会学者の近著です。




苅谷剛彦「日本人の思考―ニッポンの大学教育から習性を読みとく」ちくま新書 2025年

大学にグローバル人材の育成を求める政策は、学術会議への圧迫同様かつての富国路線への回帰である。西洋文明に追いつき追い越せの時代以降、翻訳が知識移入手段であった。本来の概念を熟成させぬまま取り入れられ、大学教育で定着した翻訳語が今日まで通用している。階級と階層の混同は、その社会的概念を曖昧にする傾向があるなど、危うさも秘めている。著者はカタカナ語多用を戒め、その誤用による社会的影響に危惧を示す。




<今週の本棚>


古関彰一「虚構の日米安保―憲法九条を棚にあげた共犯関係」筑摩選書 2025年

日米統合司令部の設置、自衛隊が米軍指揮下で機能する実態が明らかになった。いわば米軍の一部隊であり、鉄砲玉的役割が期待されるのではないか。では、それは今に始まったことなのか。著者はすでに吉田首相による、日米安保条約締結時からのあり様であるとする。憲法9条を棚上げする形で、軍隊を形成する。再軍備を望む米国側は9条との矛盾を指摘し改憲を提起したが、日本側は協議という形で取り繕う方法を選ぶ。解釈改憲である。それが今憲法の上に君臨する、安保と地位協定を運用する日米合同委員会であり、実質的には米軍幹部と高級官僚によって運用が決められ、その詳細は伏せられている。これぞ白井聡の主張する現代の国体である。吉田、岸らの買弁政治家の罪は重い。有事の場合米軍の都合によって、自衛隊が戦闘に組み込まれる懸念は現実化している。


山本義隆「私の1960年代」金曜日 2015年

優秀な物理学徒であり、将来の東大教授と言われた山本は東大闘争の先頭に立つ。罪に問われ研究者としての公的な場を失っても、独立研究者として地歩を固め、優れた著作を著わしている。自身の来た道を振り返りつつ、時代を撃つ目は透徹し流石と思わせる。東大闘争の評価と政治観には全面的な賛意は表しかねるが、その背景にある大学自治のあり方と学問研究の軽視についての危機感、そして政治・産業界への拝跪に対する警告は今日に通ずる。


エマニュエル・トッド「西洋の敗北」文芸春秋 2024年

ウクライナ戦争を見つめるトッドは、そこに西側諸国の本音と弱点を読み取る。以前から欧米への批判的視点を持つ彼は、ロシア・プーチンへの好意を隠さない。ロシア側にとってNATOの北上は強い圧迫感と焦燥があったろう。NATO不拡大の約束を守らぬ欧米とそれへのウクライナの加盟は切迫感を高めたのだ。しかし、それを肯定しては第2次大戦後の秩序(カッコつきながら)と平和への取り組みを踏みにじるものであるのは自明である。多数の統計と膨大な資料を駆使するトッド故に説得力は相当なものである。だからこそ、自分の観望点を確立する必要があろう。


内田樹「沈む祖国を救うには」マガジンハウス 2025年

ウチダ先生のコラムに滲む我が国の足取りの不確かさへの危機感が、軽やかな筆先に映し出される。


西村京太郎「戦争とミステリー作家」徳間書店 2025年

十津川警部シリーズでお馴染み。鉄道マニアにはたまらない旅情ミステリーは、鉄道路線と旅先での景色を楽しませてくれる。彼の少年時代、青年時代そして作家への足取りを自身の筆で辿ってくれる。


田中優子/松岡正剛「江戸問答」岩波新書 2021年(再読)

問答シリーズの2作目。前回の「日本問答」を読んで気になっていた。そこへ同好の士よりの示唆もあって再度手に取った。2度読むとまた別な景色が見えてくる。田中は「日本の面影は自分の中にある」ことに気づいたという。それを受けて、松岡は与謝蕪村と阿倍仲麻呂を引いて「こういうふうに、ふりさけ見なくちゃダメなんです。・・・一人ひとりがもっと試みるべきことです。」と受ける。3部作を読み直そう。


奥泉光/原武史「天皇問答」河出新書 2025年(再読)

國体とは天皇制とそれを取り巻く政治社会体制のことであろう。では天皇制と天皇自身との関係はどうあったのか。二人の対談は面白い。昭和天皇と弟の秩父宮の関係、二・二六事件での二人の関係は緊張状態にあったのか。隠然たる影響力を保つ皇太后との関係とは。など興味深い観点が示される。歴史にもしもはつきものだが、大正天皇的治世が続いたなら昭和はどう展開したのだろう。




【水無月雑感】


▼ このところ落ち着いている血圧が急上昇気味だ。トランプ関税の身勝手さと日本政府の対応の惨めさ、稔りなき交渉にワシントン詣でを繰り返す担当大臣。対等の関係ならこっちにお願いに来いと言いたい。大量に保有するアメリカ国債を売るぞ、くらいのハッタリをかませてはどうか。ここで少し上昇。
続いてハーバード大学に代表される自由な学問研究と多様性への、執拗にして強権的なトランプの攻撃。かなり上昇。
更に三弾目はカリフォルニア州の不法移民を口実にし、州知事を飛び越えた州兵の動員に加えて海兵隊まで配置する。自国国民に向けての軍隊の動員は、常軌を逸して狂気の沙汰である。さらに自分の誕生日に合わせて軍事パレードとか、もはや北朝鮮、ロシアレベルの帝王気取りであろう。ウーンそろそろ降圧剤を飲まねば。


▼ そこへ、イスラエルによるイラン攻撃のニュース。狂気のトランプに支えられたシオニストの増上慢の極みである。ガザでのジェノサイドに飽き足らず、核の威嚇を繰り返す。この背後にはアメリカがいて、日本を含む西欧諸国の偽善がある。イスラエルが核を持っているのは公然の秘密、イランの核開発をとがめる権利はあるのか。米国の参戦によりもしイランがホルムズ海峡封鎖に踏み出せば、原油タンカーは航行不能になる。日本の原油の9割はここを通過している。戦争回避の努力をすべきだ。中東戦争に止まらず戦火が世界的に広がらぬことを望む。血圧上昇だけでは収まらぬ。
カナダで開かれていたG7、イスラエルの攻撃を支持する決議がされた。おかしいぞ!このメンバーは日本を除くとキリスト教国で白人。見え隠れするのは白人至上主義。有色人種、非キリスト教国には蔑視があるのかと疑いたくなる。また、ドイツ首相は「イスラエルは汚れ仕事をやってくれている」と発言。もはや最低のモラルもない、本音が噴出した瞬間である。
さて、日本はどうする?イシバはイスラエル非難をしていたはず。蛇足ながら、私はイランの厳格なイスラム教統治には賛成できない、核保有も容認できない。それと国際的信義とは別な話である。


▼ またまたトランプである。昔、北朝鮮やイランをならず者国家呼ばわりをした、イスラエルの傍若無人ぶりと増長はアメリカの後ろ盾があってのこと。ついに狂気の大統領治下の米国はイランへの直接攻撃を実行した。この2国は退廃の道を歩み奈落に突き進むのであろう。ホロコーストを経験したユダヤ人(シオニスト)は、虐殺者の道を歩むのであろうか。負い目のある欧米人は目をつぶり続けるのか。イスラエルがイランに戦端を開いたのは、米国との核交渉を数日後に控えていた。また今回の米国の爆撃は、欧州とイランとの外相会談の直後である。うがった見方をするなら、欧米諸国は会談を設定して油断させ、奇襲攻撃を行ったのか。白人キリスト教国の謀議ではないのか。先の太平洋戦争では、日本の宣戦布告の遅れを口を極めて批判したのは誰か。イスラエル米国共に通告をしていないはずだ。21世紀にもはやモラルは存在しないのだろうか。プーチンもネタニヤフもトランプの幼児性と無定見を見切っている。いずれにしても、イスラエル、米国の武力行使は侵略ではないのか。


▼ 気になることがある。テレビでの食堂、レストランでのこと。帽子をかぶったまま食事する姿が少なからず映っている。子供の頃、家に入ったら帽子は脱ぐもの、食事の時に帽子を取りなさいなどと教えられた。それがそば、ラーメンをすする頭には帽子が鎮座している。どうもおかしいと思うのだが。老人の繰り言だろうか。


▼ ある朝新聞を開くと、なんで?と思うことが1面トップになっていた。長嶋茂雄死去の報であった。ミスタープロ野球と称され、巨人人気を絶対化した立役者であることは間違いない。卓越した選手であるのは事実であるが一プロ野球選手でしかない、全国紙(読売を除いて)がトップ扱いすることなのだろうか。天の邪鬼である私はアンチ巨人であり、長嶋ファンではない。その前提はあるにせよ、当日は韓国大統領選挙の結果も出ていたはず。国民生活に直結する課題は多々あったはずだが。どうもジャーナリズムの矜持は失われたのだろうか。そうとしか思えない。彼が優れた野球選手であることは事実。同時に読売グループによって巨大化虚像化させられ、政治的にも利用された一種のトリックスター的存在であると思う。




☆徘徊老人日誌☆


6月某日 映画鑑賞「教皇選挙」。家人と車で約1時間、熊谷イオンシネマへ。ちょうど第267代のコンクラーベがあり気になっていたところ、郷里の友人の強い勧めがあったので出かけた。
40年ほど前にイタリア旅行で行ったあのバチカンの奥の院はどのような構造で、どのように教皇は選出されるのか興味深い。子どもの頃コンクラーベと聞いて、時間がかかりまさに根を詰めるので、「根競べ」というのだろうと思っていた。
映画では改革派と守旧派の対立があり、人種差別やスキャンダル暴露もあって世俗と同じような多数派工作が展開される。思わぬ結末が用意されているが、運営を取り仕切る主人公の首席枢機卿の苦悩と決断が全編を覆う。選挙とは罪深いドラマなのかもしれない。


6月某日 従兄弟の墓参りに錦糸町に出かける。途中で花を買い、お墓に詣でる。いつもなら歩いて亀戸天神をお参りし、門前の船橋屋で葛餅を買い、亀戸から電車に乗るのが帰りのコース。空模様が悪いので錦糸町から直帰する。帰りに秋葉原駅のミルクスタンドでコーヒー牛乳を味わう。ビンの感触が郷愁を誘う。
池袋から東上線急行に乗り雨の降りだす前に帰宅できそうと思った矢先、途中駅で停車したまま。やおら車内放送が「ふじみ野駅にて人身事故発生、運転見合わせ。再開は見通せず」と緊迫した声が報じた。取り敢えず志木駅まで運行になり、そこで約1時間半待機。急行が各駅停車になり、やっとの思いで帰宅の途についた。車内の冷房で体は冷え切っていたが、お陰で新書を1冊読み切った。


6月某日 近くのスーパーでのこと。ふと気が付くと、入り口近くに米5㎏1,980円の値札が下がっていた。話題の備蓄米である。気づいた人は少し迷ってからカートに乗せていく。本来の売り場には4000円台のコメが積まれている。先日見かけた入札による備蓄米は3000円台。どう考えるべきか。帰りには例の備蓄米置き場はカラになっていた。国民を翻弄させて、結局は輸入に持っていくのだろうか。親譲りで米国大好きの世襲大臣の軽やかな口車に乗せられぬよう、眉に唾をツケなくては。


6月某日 暑さが尋常ではない。6月半ばでこの気温とは。早朝散歩を敢行して帰宅すると下着までびっしょり。風呂場に飛び込み汗をながす。それで一息入れて新聞を開く。日よっては短めに切り上げることも。無理は禁物!湿気によって息が詰まりそうだ。疲労感が蓄積し、夏バテになりそうだ。




ある朝目覚めると空襲警報が鳴り響き、第三次世界大戦がはじまっていた。そんな悪夢が襲来しませんように。トランプ就任以来、国際法は無視し倫理と信義という箍がはずれた世界になっています。平和憲法を持つ我が国は宗主国である米国に阿諛追従することなく、毅然と平和実現に邁進する夢を見たいものです。21世紀に入り、新たな帝国主義の時代が到来しそうな予感がしてきます。歴史は、より醜悪な形で繰り返すのでしょうか。

一度消えたはずの梅雨前線が復活。蒸し暑さと雨の日が続きそう。空が晴れ渡ると強烈な太陽光が照り付けます。熱中症による緊急搬送のサイレンが近くで響いています。どうぞご注意ください。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集