(237) マルクス・ガブリエル 他/斎藤幸平 編「未来への大分岐―資本主義の終わりか、人間の終焉か?」
お早うございます。
飛び交う赤トンボ、田圃の畔に咲く朱色の彼岸花、山の端に沈む真っ赤な夕日、青空に似合う色合いです。童謡の一節にでもなりそうな秋色ですね。北海道では早くも氷点下になったとか、冬が駆け足になっているのか勇み足なのか、季節の移ろいが急です。読書の秋の暇はなく、厳冬になっていくのでしょうか。
道志村で行方不明な小学生、一体どこに行ってしまったのでしょう。懸命の捜索にもかかわらず未だに発見の報はありません。心が痛みます。自分が孫を持つようになってからは、一層子どもの事件は気にかかります。虐待や育児放棄、いじめなどは許せない思いでいっぱいです。世知辛く、思いやりに欠けた大人社会の写し鏡です。損得がすべてで、権力に寄りかかり「今だけ自分だけ良ければ」という、倫理観であってはなりません。
さて、今回の書評は現代の資本主義と精神構造に鋭く切り込む、新書とは思えぬ中身の濃い対談集です。
マルクス・ガブリエル 他/斎藤幸平 編「未来への大分岐―資本主義の終わりか、人間の終焉か?」集英社新書 2019年
資本主義が末期的症状を示し、民主主義への危機感を共有する3人の知識人と若き日本人学徒が交わす議論は刺激的である。マイケル・ハートは民主的に共有され管理される社会的富の擁護を、マルクス・ガブリエルは哲学こそ現実の問題に迫る正しい概念を構成すると主張する。AIは権威主義との親和性を指摘され、強権主義とは違う、下からのポストキャピタリズムの可能性に希望を見出す。難解ながら未来へのヒントに満ちた討論である。
長月日誌『本の読み方』の巻(その1)
本の読み方にはそれぞれのスタイルがある。どの本を読むかの選択は措いておく、あくまで読むスタイルである。私の悪い癖で、いつも読みさしの複数の本が手元にある。自室で机に向かって線を引きながら読む本、頭を休めるために読む本、職場で読む本、電車の車中で読む本などなど。時折前後を入れ違い、話しがかみ合わなくなる時もある。困った癖である。
そんな時、平野啓一郎の「本の読み方」に出会った。彼は本当に読書を楽しむなら「量」ではなく「質」の読書へ転換すべきと語っている。いわばスローリーディングのすすめである。自分自身を見失なわないためにもスローリーダーであることの意義を教えてくれる。痛い指摘だ。一生に読める冊数は知れたもの、それ故なるべくたくさん読もうと前のめりになりがちな自分を見透かされているようだった。速読法にあこがれたこともあるが、彼はその無意味さも切って捨てる。
優れた書き手である平野に教えられることはまだまだあるので、この話題は続きそうだ。
