(260) 鎌田東二「南方熊楠と宮沢賢治」
こんにちは。
雪景色が広がっています。満開のも雪に隠れて、本来なら風情を楽しみたいところです。この白さが世の穢れを払ってくれると救いの雪なのですが、憂いは深まるばかりです。
コロナ禍の衰えは見通せません。考えすぎかもしれませんが、都内感染者の急増公表はオリンピックの延期が決まった後です。それまで沈黙していた小池知事の露出が急激に増えています。メディア利用に長けた小池が連日記者会見をしている意図は何でしょうか。オリンピック優先で実態は隠されていたのでは?再選を目指した"やっている感”の演出では?などと疑いたくなります。
勿論、市民一人一人が自覚的な行動を取るべきと考えています。緊急事態宣言、首都封鎖などの強権の行使を呼び込む行為は厳に慎むべきです。「飛んで埼玉」の現実化は近いのでしょうか。
本仲間の友人は新型コロナウイルスと同時に「長く居座っている普型ウイルス」の駆除が必要、と手紙をくれました。
さて、今回の書評は稀代の天才たちに迫っている一書です。新書にしておくにはもったいない圧倒感を感じました。
鎌田東二「南方熊楠と宮沢賢治―日本的スピリチュアリティの系譜」平凡社新書 2020年
不思議な取り合わせに興味を惹かれる。二人には多彩な論者が、優れた考察を示している。著者は、南方を物・事・心が連関し好奇心がとどまる所を知らない横一面男と、賢治はよだかの如く垂直に飛び続け四散する縦一筋男と表現する。共通点は真言密教と法華経に裏打ちされ冷静にこだわる宗教心と、裕福な家庭の財力に支えられての高等遊民である。世界を股にかけた粘菌研究の奇才と、東北を見続けたロマンチストの対比が新鮮である。
【弥生雑感】
▼ 3月は敬愛する北田耕也先生のことを思い出します。不慮の死を遂げてからちょうど1年。図書館雑誌3月号「図書館員のおすすめ本」に、北田著「近代日本少年少女感情史考」が掲載されました。不思議な暗合です。機会を設定してくれた秋本氏と担当者の配慮に感謝します。よかったら拙文をお読みください。
<今週の本棚>
内田樹「最終講義―生き延びるための六講」技術評論社 2011年
書棚の隅から見えない光に誘われてウチダ本を手に取りました。読み返すと実に示唆に満ちていました。効率や即効的な学問になりがちな大学に関して、退職に当たっての講義で彼はリベラルアーツの重要性を強調しています。
リベラルアーツとは、「一般にこの言葉は人文科学、社会科学、自然科学に等しく目配りをする総合的な教養を指しています。その本義は学ぶものが学びを通じて自分自身を開放していく、自分自身の生きる知恵と力を高めていくことだと僕は理解しています。」と。
学ぶことの意義に粛然とさせられます。
秋庭俊「写真と地図で読む!帝都東京・地下の謎」洋泉社 2004年
これまた書棚の隅から引っ張りだした昔の本です。著者は一連の著作で一貫して東京の地下にはもう一つの東京が眠っていると主張しています。地下鉄の不自然な曲線と勾配、駅構内の構造的な無理、非公開の廃線と廃駅などを各種の地図を引き比べ、実際に歩いて検証する。戦前の軍部と政府関係の秘められた施設があるのではないか、それが地下鉄などの路線などに影響しているのではないかと疑問を呈している。そんな目で東京の地下鉄に乗ってみるのも一興。笑い話ではないかもしれない?
いよいよ年度末、ただ夜が明けて新しい一日が始まるだけなのに、何か違いを感じるのは仕事をしてきた習性でしょうか。異動があった方もなかった方も一歩を踏み出しましょう。無理は禁物、体調管理に万全を。
