(382) 阿部善雄「最後の『日本人』―朝河貫一の生涯」
こんにちは。
駆け足で通り過ぎる如月、寒気と狂乱の月になりました。
何とも不可解な総選挙の結果に唖然とし、北イタリアでの冬季五輪に感動したり、「2月は逃げる」を実感する月です。
豪雪と寒気、SNSに翻弄されて論点が定まらぬままの追い立てられるような投票行動になったように見受けられます。
三寒四温、日中は暖かいけれど「日中」は厳寒。雪解けはいつ来るのでしょう。
さて、今回の書評はある日本人の評伝です。この選挙では「日本列島を、強く豊かに」「日本人ファースト」などが喧伝されています。それで一人の学究を思い出し、32年前に読んだ本を本棚の片隅から探し出しました。
阿部善雄「最後の『日本人』―朝河貫一の生涯」岩波書店 1994年
朝河貫一は明治初頭に福島県二本松に生まれ、幼時より優秀であった。東京専門学校に学び、米国ダートマス大学学長の知遇を得て渡米し、同大学とエール大学で歴史学を修める。中世史研究者として評価高く、エール大学にて研究と教育に当たる。その人物と学識の深さは各界の尊敬を集める。日米の対立に心を痛め、知人友人を介して双方に融和を働きかけ、天皇宛の大統領親書案を提起した。明治人の気骨と誠実さを示している。
<今月の本棚>
小田嶋隆「日本語を、取り戻す。」亜紀書房 2020年
コラムの名手は言葉を種に、世相と人間の感覚を鋭く突いていく。内容の切れ味は勿論、文章の構成と論理展開の作法を学ぶことができる。独自の問題意識と批判精神の大切さをさりげなく提示し、展開と言い回しの巧みな文章で読ませるコラムニストの逝去を惜しむ。
前田啓介「昭和の参謀」講談社現代新書 2022年
良くも悪くも昭和期の戦争を主導したのは、陸軍の中堅参謀達であった。陸軍大学で成績優秀なグループが参謀本部・陸軍省の要職を占め、軍政軍令を壟断した。上席の将官も彼ら佐官級の参謀に翻弄され、作戦はほぼ提案通りであったという。下剋上ならぬ下位依存であった。満洲事変の首謀者石原莞爾、ノモンハン事件やガダルカナル作戦の悲劇を招いた辻正信、シベリア抑留の疑惑を語らぬ瀬島龍三など後世に名と疑念を残す7名の参謀を取り上げて、彼らが何を考え何を優先したか、そして何を思っていたのかを探っている。それぞれ優秀な頭脳を持ち、強烈な個性を示している。共通するのは、反省と責任の意味を知らないことだろう。
今村翔吾「教養としての歴史小説」ダイヤモンド社 2023年
小学生時代に歴史小説の魅力に取り込まれ、30歳にして作家デビューを果たした。歴史小説(時代小説)から学べる教養とは何かを、体験と豊富な読書量から解き明かす。多作にして、面白さ抜群の小説を書き続ける今村の面目躍如であり、読みどころ満載。歴史小説を読むと語彙が増える、歴史を学ぶと初対面の人と議論が深まるなど実益も示してくれる。後段の歴史小説家列伝は今村の好悪も感じられ面白い。第1期から第7期までの作家評価は読書の参考になる。歴史小説の入門編であり、醍醐味を教えてくれる。
蜷川新「小栗上野介」河出文庫 2025年
江戸幕府の末期に、勘定奉行、外国奉行などの要職を歴任し、遣米使節として海外を歴訪した有能な旗本、小栗上野介。幕府崩壊後官軍により領地の群馬県にて打ち首になった。後世、見識と先見性を備えた官僚であったと小栗は評価されつつある。正史は勝者の歴史であり、敗者は不当に扱われていると惜しむ。著者は小栗の末裔。再評価を求め、明治維新を美化するための悪意に満ちた不公正さに対する悲憤慷慨に満ちている。徳川幕府の正当性と、薩長による謀略的な処断への憤りが縷々述べられている。
磯田道史「殿様の通信簿」新潮文庫 2008年
講談や時代劇とは別な殿様像が見えてくる。水戸光圀、浅野内匠頭、加賀百万石の殿様たちなどの実像を、残された文書から描き出す。江戸中期の書物「土芥冦讎記」(ドカイコウシュウキ)に記された殿様たちの評価を、現代風に書き改めている。辛口評価と比較的好意的に書かれている対比が面白い。
高田崇史「猿田彦の怨霊─小余綾俊輔の封印講義─」新潮文庫 2025年
ふとした事がきっかけで昔の思い出がよみがえることがある。近くの書店の書棚を眺めていると、猿田彦が目についた。猿田彦の文字で2つのことが一気によみがえり、思わず購入していた。川沿いの町に住んでいた子供の頃、厳島神社の祭礼では神輿が練り歩く。その先頭には天狗の面をかぶり、高下駄をはいた異相の先導者がいた。母に「あれは猿田彦だよ」と教えられた。また、社会教育の仕事をするようになってから、ある宮司と話した際に「猿田彦は変わった神で、よくわかっていない」と語っていた。そんなことで気になって読んでみた。
一種の伝奇小説で、あくまでフィクションながら記紀の無理筋と、神社の由来の変遷を追っている。隠された「歴史」なのか?ネタバレになるのでここまで。面白い。このシリーズの前作もつい買ってしまった。
【如月雑感】
▼ 書評で紹介した朝河貫一は1948年(昭和23年)生涯を閉じ、ニューヘブン市のダートマス大学墓地に葬られた。評伝の著者は本書を「国家は国民がその人間性を持っているかぎりにおいてのみ、自由な独立国である。しかしその政治体制が民主主義の組織をそなえているというそれだけでは、自由な独立国とはいえない。自由主義にあっては、その国民が世界における人間の立場を、すべてにわたって意識するまでに進歩しているかどうか、それこそが重要である。」と結んだ。今日の政治、社会状況に鑑みて正鵠を射ているように感ずる。もって瞑すべきである。
▼ この頃本棚を覗いて、昔読んだ本と向き合うことが多くなった。巻末にはいついつ読了と記してある。読み返してみると、当時と違う景色が見えてくる。この人の言いたかったことはこれだったのか、そこに語られていたのは別な結論に導かれるのかなど、いかに浅薄で読み飛ばしていたのかと反省しきりである。視力と頭脳がそれなりであった時期に、いかに無駄な読み方をしその深みを玩味しなかったのか。勿体ない思いにとらわれる。と、思いつつも読みの浅さを嘆く毎日。
▼ 冬季オリンピック閉幕。アスリートたちの奮闘と鍛錬に、感心し驚いている。喜びもあれば痛恨もあり、人生模様そのものである。メダル獲得数を競うのが主目的ではないはず。健闘空しく敗れた選手たちにも拍手を送りたい。
ニュース等で見る程度だが、知らなかった競技、新しい試合などがあってびっくりしている。競技数が増えると主催者の負担は大変なものになりそうで、スポンサーなどの商業化も見えてしまう。過熱ぶりと経費負担の大きさに、老婆心ながら心配してしまう。
▼ 明日2月26日は二・二六事件が勃発した日。この事件を契機に軍部がこの国のすべてを掌握することになった。陸軍内の大派閥である皇道派の青年将校が、指揮下にある歩兵第一連隊、第三連隊などの兵士約1,500名を動員した。政治軍事の要地を占拠し、天皇親政によって、腐敗した政治と決別することを主張した事件である。それに激怒した昭和天皇は「朕自ら近衛師団を率いて鎮圧する」とまで言い切り、反乱は終局を迎えた。その結果、皇道派に対立する統制派が実権を握り、政治を操ることになる。その結末はあの悲惨な敗戦に至る。上記「昭和の参謀」に登場する参謀のほとんどが統制派である。
戦争体験者が少なくなり、政治が右傾化する今日、昭和史を学び歴史を振り返ることの重要さを痛感する。
▼ 総選挙後最初の国会が召集され、首相の施政方針演説がなされた。国民はコメ価格は下がらず、ガソリンは高いまま、寒さをしのぐ灯油は高値安定。消費税の扱いについては野党も巻き込んで国民会議で検討する由。絶対多数を占めての公約なら、代替財源の明示をして早急に実現すべきと思うのだが。
改憲志向も明白。タカイチの視線が向く海の向こうの宗主国では、連邦最高裁が関税政策の違憲判決、トランプ大王は最高裁に悪罵を投げつける始末。さらに新規の関税をかけると息巻いている。何処の権力者も庶民生活とは別な感覚をお持ちのようだ。
▼ ウクライナ戦争は丸4年を経過した。停戦の見込みは立たない。仲介者を自任するトランプ大王は侵略者寄りの姿勢を隠さない。どうも何かが狂っている。国連常任理事国の体たらくに疑問が膨らむ。
▼ ガザについての報道は減少している。イスラエルが事実上占領し、理由をつけては住民攻撃をしている。パレスチナの自治はどうなるのだろうか。ここでも件のトランプ大王が登場している。破壊と犠牲の地にリゾート地の開発をするとの見方もある。トランプ一族の業者も乗り込んでいるらしい。北の果てグリーンランドにも食指を動かしているとか。資本主義とは「金を握った集団が権力も握ってしまう」、共産主義とは「権力を握った集団が金を握ってしまう」とコラムに書いたのは青山学院大名誉教授の三木義一氏だ(東京新聞2026年2月12日)。金銭欲と権力欲は表裏一体らしい。まさに飛揚跋扈である。
☆徘徊老人日誌☆
2月某日 夜来の降雪は庭を銀色に、道路も白く染められていた。起き出して雪スコップを持ち出し、雪かきをする。狭い庭は通路の雪を払い、車庫前は片側に寄せておく。道路は車の通行が盛んになると雪は消える。2階のベランダに出て、雪を数か所に集め陽光の差すところに固めておく。雪の始末は得意分野。
2月某日 選挙結果に唖然。友人から数本の電話とメールが来た。異口同音に「子や孫の時代が心配」と。誰かが書いていた「令和世代の青年が戦後銃を持つ最初の世代なるのでは・・・」と。
2月某日 北海道に住む旧友から電話があった。「皆と会いたい。最後の上京になるかもしれないので、連絡を頼む」とのこと。彼とは例の寮仲間、大学も一緒だった。コロナ前には1968年1969年卒寮の親しい仲間20名位が札幌定山渓で一泊するのが恒例だった。その一夜の宴で会ったきりになっていた。体調が万全でない様子なので、出てきてくれるとの電話は嬉しかった。そういえば、定山渓の集いの主催者であった人物は、別な世界に行ってしまった。そんな思いで、友人たちに電話とメールで調整方を依頼した。
2月某日 散歩の道すがら、強く甘い香りが漂ってきた。沈丁花だ。まだ2月中旬、もう咲き始めたのか。この香りとともに思い出すのは、61年前の大学入学式の日だ。学内に満ちていた華やぎと沈丁花の香りの中で撮った記念写真、その日を思い出す。和服の母と学生服の紅顔の美少年(?)が緊張気味に写っている。香りとともに思い出がやってくる。徘徊とは自分との出会いなのかもしれない。
春がそこまで来ています。まだまだ油断はできません。北国では雪崩や凍結による支障が出そうです。一方では花粉の猛威も心配です。更に雨が降らずダムは底が見え水不足が深刻になっています。恵みの雨が降り始めました。農地を潤し、ダムを満たすでしょうか。天候不順と生活不安、そして迫りくる苛政が気になります。心して世の動きを見つめていきましょう。
