止められない現場 ホームセンター編 第十二章 三億八千万円の空き地
止められない現場 ホームセンター編
第十二章 三億八千万円の空き地
【前話のあらすじ】
東金店は空調を二十分停止し、資材館が三十二度まで上がった。客数減との因果関係は断定できないが、従業員の体調不良も発生。売場を止めずにデマンドを下げる案として、大型蓄電池が提案される。
※本作は完全なフィクションです。登場する人物、企業、店舗、料金制度、設備、施工、数値および出来事は架空であり、実在する個人・法人・団体とは関係ありません。
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蓄電池メーカーの提案書には、《売場運営を変えずにピークを抑制》と書かれていた。
設備、工事、十年保守を含め三億二千万円。
補助金想定一億二千万円。会社負担二億円。基本料金の低減と充放電の価格差を合わせ、年間効果は二千六百万円。
単純回収七年八か月。
数字だけなら、前章までの議論を終わらせられる設備だった。
H谷川も、蓄電池を入れれば店長へ止める判断をさせずに済むと考えた。ペット売場も空調も守り、警報時だけ放電する。前章までの難しさを機械が引き受けるように見えた。
提案書の年間効果は、過去十二か月で最大だった一日の負荷が再び現れる前提で計算されていた。発生しなければ放電価値は下がり、想定以上の山なら容量が足りない。七年八か月は、設備寿命だけでなく未来の負荷を当てた場合の数字だった。
K井は大型商談として進めるようH谷川へ求めた。F井も、売場空調を止めなくてよい点には期待した。
H谷川は現地確認へ行き、提案書の設置図で足を止めた。
候補地は店舗裏の資材置場だった。災害時に販売する水、ブルーシート、土のうが積まれている。
もう一つの候補は駐車場二十台分。休日には満車になる区画である。
蓄電池を置く面積は図面にあった。そこから追い出される商品と車は、試算にない。
資材置場の備蓄を外部倉庫へ移すと、台風前に店へ戻すトラックが必要になる。駐車二十台を潰せば、繁忙日の入庫待ちが道路へ延びる。金額を正確には出せなくても、ゼロとして投資回収へ入れないわけにはいかなかった。
F井は、駐車場の一時間ごとの満車率を取り始めた。平日は空いていても、日曜午後は九十四%。平均台数だけなら空き地に見える場所だった。
消防との事前協議では、離隔距離と追加消火設備を求められた。海に近いため塩害仕様が必要で、地盤調査後は基礎杭も追加された。住宅側への夜間騒音対策も要る。
見積は三億八千万円へ上がった。
メーカーは値上げではなく、現地条件の追加だと説明した。最初の見積条件には《平坦地・標準塩害・消防追加なし》と書かれている。文字はあったが、木更津がその条件を満たすかを誰も確認していなかった。
H谷川は、見積の誤りとして値引きを求めなかった。代わりに、初回提案で標準条件との差を確認する調査費を次回から分けるよう求めた。
補助金が満額でも会社負担は二億六千万円。保守費、容量劣化、失う駐車収入を入れた実質効果は年二千百五十万円。回収は十二年を超える。
補助金申請期限まで三週間だった。
メーカーは、設置場所を後で確定する条件付き内示を求めた。
「締切を逃せば、一億二千万円変わります」
K井は契約を先に取れと言った。
N根は、空欄のある配置図へ承認印を押さなかった。
「場所を後で決める契約は、場所から出る追加費用を後で決める契約です」
メーカーは容量を半分にし、既存の非常用発電機と組み合わせる案を出した。価格は二億一千万円まで下がる。
ところが非常用発電機は、停電時に消防、防犯、一部照明を支える保安計画になっていた。通常時のデマンド制御へ組み込めば、燃料、試験、優先負荷を見直さなければならない。
安くなった四千万円分の一部は、既存設備へ新しい責任を載せただけだった。
N根は非常時の負荷を並べた。
消防、防犯、通信、レジ、生体、飲料売場。デマンド削減は最後である。
通常時と非常時の制御を分けると、案は二億五千万円へ戻った。
非常用発電機の月例試験記録には、燃料が満量でない月もあった。蓄電池との組合せを前提にすれば、既存発電機の不足まで蓄電池側の責任に見える。
設備を二つ組み合わせる案は、片方が動かない時の責任も決めて初めて一つのシステムになる。メーカーは蓄電池、保守会社は発電機、店舗は燃料。三者の月例確認まで加えると、価格だけでなく運用工数も戻った。
最終会議で、東湾ホームズは申請を見送った。
一年間の負荷計測を続け、自家消費型PPAの実証後に容量を決める。資材置場を災害時に使うのか、別倉庫へ移すのかも同時に決める。
K井の会議室から、三億八千万円の売上が消えた。
H谷川は、見送って正解だったとは報告しなかった。翌年、補助率が下がる可能性はある。資材価格が上がるかもしれない。
ただ、補助金の締切に合わせて十年以上使う容量を決めることはできなかった。
O川は顧客カルテを《計測完了後に再評価》とし、売上予算をゼロにした。K井が見込から外すなと言っても、二つを混ぜなかった。
メーカー担当者は、見送られれば社内で失注になると説明した。三週間、設計と見積へ使った工数も戻らない。
H谷川は、無料で一年待つよう求めなかった。負荷計測の機器設置と次年度の再設計は、別契約として東湾ホームズが発注する。蓄電池本体を買わなくても、必要容量を確かめる仕事へ対価を払う。
メーカーとは、再開条件を書面にした。
一年間の負荷データ。
設置候補地の合意。
消防協議。
災害時の優先負荷。
補助制度。
条件がそろった時だけ、見積を更新する。
H田は、導入しない稟議も保存した。理由を残さなければ、翌年また別の営業会社が、同じ空き地へ同じ容量を置くからだった。
三億八千万円は売上予算から消えたが、計測契約と再設計日が残った。見込へ大きな本体価格を置き続けるより、翌年に何を提出するかが明確だった。
蓄電池は置かれなかった。
何も置かなかった場所には、災害用の水とブルーシートが残った。
