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『お仕事』にしない

夜の歯磨きは、入浴中にやっている。
以前は寝る直前、洗面所でやっていたのだが、
「在間さんは真面目に一生懸命磨き過ぎです。そのせいで歯茎に悪影響が出ています。もっとゆったりした気分でのんびりと、隅々までこまめに歯ブラシを当てることを意識しながら磨いて下さい。お風呂に浸かりながらとか、おススメです」
と言われてしまったからだ。
最初のうちこそ抵抗があったものの、慣れるとこれがとても気持ちいい。湯船に浸かり、その日一日あったことをぼんやりと思い返しながら、ふわーっとした気分でのんびりと歯ブラシを動かすのは、歯のためだけではなく、脳のためにもいいようだ。

何事もそうだと思うが、『お仕事』にしてしまうと、途端に上手くいかなくなる。
散歩も、楽器の練習も、『やらなきゃ』と義務にした途端、しんどくなる。
本来の仕事でも、『自分がやらなくて誰がやる』などと勝手に背負いこんだ結果、やり切れずにイライラしたり、猛烈に焦ったりして、自分を追い込んでしまう。
結果、
『自分は何故こんなことをやっているのだろう?』
という疑問が最初に芽生え、次に
『このやり方を選んだことは間違っていたのかもしれない、いやきっとそうだ』
という現実逃避の思考が生まれる。
こういう時、人は最も重要なことを見逃している場合が多い。
そんな風に考えている間の自分の足元は、『すっかり歩みを止めている』ということだ。

なんでも『お仕事』にしてしまう思考には、ある共通点がある。
『こうすればああなる』という、誰の目にも非常に明快で短絡的なルートで、世間的に見栄えのいい結果を無意識に求めている、ということだ。
努力を続ける姿を人前にさらせば、『凄いですね!』という賞賛が得られることもある。そんな自分に誇りを持てる。『努力する人』という称号は立派な、進んで背負いたい看板になる。
世間から『熱心な人』といういいレッテルを貼ってもらえる。『熱心な自分』に満足できる。『くじけない』という条件をクリアしさえすれば、自分のことを『素晴らしい人間』と思える。
全ては『認められたい』気持ちが根っこにある。
実にくだらない。
その時点で自分がお留守になっていることに、全く気付いていないのは、憂うべきことだと思う。

その行動を始めた当初の目的はなんなのか。
散歩が好きで毎日歩きたい、と思ったから歩くのではないのか。
楽器を練習したい、上手くなりたい、楽器を演奏するのが好きだから練習するのではないのか。
自分が何故その行為をやっているのか、の本来の理由をわからなければ、それは世間的名誉を得るための苦行でしかない。
上述の疑問が生じるということは、ここがわかっていないのだと思う。
歩みが止まるのは必然なのだ。

『仕事』を辞書で引けば
『するべきつとめを果たすために働くこと。業務。事務』
(小学館新選国語辞典第九刷)
となっている。
勿論、望まないことであっても、生きていく為には懸命にしなければならない場合も、世の中にはごまんとある。私だってそうしてきている。
けれど私の歯磨きのように、『お仕事』にしなくてもいいことを、『するべきつとめを果たすため』とばかりにただ遮二無二やっていると、たいしていい結果は得られない。下手すると逆効果のことだってある。
自分のやりたいことはなんだっけ、という原点に立ち返り、今やっている自分の行動をもう一度見直せば、無駄に力んだり、世間を気にして外見を取り繕おうとしている自分の姿に気付く筈だ。

どうも子供の頃から『褒められたくて』行動する癖がついてしまっていて、還暦近くなってもまだ抜けていないようである。
幼少期からの環境のせいだからしょうがないが、まあゆっくりと変えていければいいや、と思っている。

そろそろ次の歯科検診の予約をしないといけない。
のんびり歯磨きの効果は果たして吉と出るか凶と出るか。
ちょっと怖いような、楽しみなような気分である。








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