アホでもなんでも
夕飯の一品に卵焼きを作りながら、『そういえば、私はいつの間に卵焼きをなんの苦も無く作れるようになったのかしら』とボンヤリ考えていた。
独身の頃は料理らしい料理をした事もなく、目玉焼きすらおぼつかない状態だったので、結婚が決まって退職してからは母の猛特訓を受けることになった。
米を研ぐくらいは出来たが、それ以外は本当にお粗末すぎて、
「あんた、こんなことも出来ひんの!」
と母をイチイチ驚かせていた。
出汁を取れば料亭のように鰹節をふんだんに入れて「使いすぎ!そんなに要らん!美味しいけど勿体ない!」と言われ、「これ、小口切りにしてんか」と言われても『小口切り』がわからずオロオロし・・・加えて生まれつきの不器用ときているから、母もさぞ苦労したことと思う。
こと料理に関してだけでなく、『アンタは不器用で呑み込みが悪い子』という刷り込みをして、私を料理嫌いにしてくれたのは他でもない母であったので、こんな結婚間際のギリギリになって、娘に一から料理の手ほどきをする必要性に迫られてしまったのは、いわば母の自業自得とも言えたのかもしれない。
食は生活の基本である。このまま新婚生活に突入すれば夫を困らせるだけでなく、様々な事が滞ることは目に見えている。
それに関しては私も母に異論はなかったから、退職してからの二ヶ月足らずの間、私は毎夕食の手伝いを兼ねて『練習』を続けた。
毎回のように失敗を繰り返し、『これなら仕事をしていた方が余程楽だったなあ』とキツかった記憶だらけの仕事を、懐かしく思い返したりすることもあった。
私は夫を料理では喜ばせられない、じゃあ私の存在価値ってどこにあるんだろう、と悲しいような気分にもなった。
なかなか習得できない申し訳なさをしょげ気味に口にすると、夫は
「最初から上手でなくてもエエやん。そのうち慣れるって」
とは言ってくれたが、いつになったら上手になれるのか、そもそも不器用な私が夫に満足な料理を提供できるようになるのだろうか、そんな風に考えては滅入っていた。
なんの報酬もないのに、こんなに不得意で好きになれないものを、これから延々と毎日続けることに幻滅し、気持ちが折れそうになることもあった。
そして母は毎日毎日、家族の為に休むことなくこれを続けてきたんだなあ、この姿を見るのもあともう少しだなあ、とちょっとセンチメンタルな気分になって、台所に立つ母の背中を見ることもあった。
上手くいかなくて焦ったり落ち込んだりすると、母は決まって
「大丈夫、大丈夫。料理なんて、アホでもなんでもみんなやってるんやから。慣れたらじきにできるようになる」
と気軽な調子で言って慰めてくれた。
しかし実をいうと、私はこの『アホでもなんでも』を、いつもちょっと複雑な気分で聞いていた。
自分を母の言う、『アホ』ではないと思いたかった。
でもこんな料理の基本中の基本すら満足に出来ない私は、やっぱり『アホ』なんじゃないのか?いや、それでも出来るようにならなかったら、『アホ』以下なんじゃないか?私はその希少な部類の人間なのではないか?
そんな風に考えて、益々焦ったり落ち込んだりしていた。
けれどそんな胸のうちを母に打ち明けることはないまま、結婚して家を離れた。
結婚して、必然的に自分で料理をしなければならなくなった。
失敗も沢山した。一人で落ち込んだことも、どうしようと焦ったことも数えきれない。というか未だに失敗もするし、落ち込むこともある。
料理は一向に上手くならないけれど、根性だけは図太くなったのか、リカバリーの手段を身に着けたせいか、焦ることはなくなった。
新婚当初は『一品足りない気がする!』と焦ったり、『こんなおかずしか出来ないなんて、働いて帰ってくる夫に申し訳ない』と勝手に落ち込んだりもしていた。随分肩に力が入っていたんだなあ、と過去の自分を微笑ましく思い出す。
今は冷蔵庫を覗いて、あるもので適当に何かを作ることも出来るようになった。
夫に『もう一品あった方が良かったかなあ?ゴメン』と謝ってしまう図々しさも身に着けた。長い共同生活の中で、夫がそんなことで怒ったり不機嫌になる人ではない、とわかったから言えることでもある。
あの頃は信じられなかったけれど、母の『アホでもなんでも出来るようになる』は結局大正解だったなあ、とひとり小さく笑って小鉢に卵焼きを盛りつけた。
夫もそろそろ帰ってくるだろう。
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