ASD 次女のお勉強 宿題を解く、その前に
先日、次女が算数の宿題プリントを持ってきました。
私「お!宿題?算数?」
次女「うん、でもこれ、大変なんだよ!」
私「何が?」
次女「ほら、ここ。線が無いんだよ!だから困っているの!」
次女の示した算数プリントは掛け算のひっ算の問題。
ひっ算の式の下には点線で升目が書かれていました。
そのうちのひとマスの縦線が無い。
マスが完全に囲われているのではなくて、右側が空いている状態に。
具体的に言うと、掛け算の積を導き出す途中の計算の2段目に当たる1の位のマスが無いような状態になっていました。
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↑こんな感じに。
私「おおぅ!?」
印刷されたプリントだったので、ただの印刷ミスと言うか、たまたまそこが印刷されずに出てきてしまったんじゃないかな?
と思った私ですが、次女は真剣にどうしたものかと思っている様子。
それも込みでの考え方をしないといけないと思っているようでした。
考え込みすぎる 目的の物事の手前で悩む要素が増えてしまうASD
これはASD気質の方がみんなそうと言うわけではないと思いますが、我が家のASD気質の似たもの同士、夫と次女は物事の手前でとても引っかかる。
とってもまじめなこともあってか、「そんなこと、考えることだとも思わない」なんて、私が軽い気持ちでスルーしてしまうことにたくさん引っかかっているのを目にします。
想像するに、複数の可能性を同じラインに並べてしまって、どれを選び取るのかという判断が苦手な特性が出ていたりするのだと思っていますが、
今回のように、たまたま解答欄の線が抜けていたなんてことも、偶然の可能性よりも、必然の可能性を考える節があるなと思います。
たぶん、夫ならこの線が抜けていることの必然性について、数分は語れる。
そんな想像をしてしまった私。
考える前に、計算式は一つなんだから、計算すれば済む話なのでは?
個人的にはそう思うのですが、疑問を持つとそこから抜け出すのに少し時間がかかるんだろうから難しいですよね。
まぁ、これくらいのことなら大人になれば印刷ミスの可能性は思いつくだろうから、最終的には計算して一件落着になるだろうけれど。
と、次女の将来を想像しつつ…。
考えないでいいことのパターンも学習する必要がある
私「この線は気にしないで、計算してみたらいいんじゃない?印刷が消えているだけかもしれないし。」
次女「あー、そうなの?」
結局、次女は普通に計算を済ませて一件落着。
問題一つにも、言葉の言い回しや、グラフの読み取り、いろんなところに引っかかる次女です。
また一つ、次女の引っかかりポイントを見つけた私。
こんな風に、私のチェックポイントも増えていきます。
引っかかっていたら、気にしなくていい可能性も教えてあげる。そんな細かい一つ一つが次女の混乱を減らしていく事になるんだろうなと思いました。
ここまで読んでくださり有難うございます。
コチラは小学校に入学してから少しずつ漢字と距離をつめていく次女について書いた個人ブログの記事です。
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