宇宙旅行に行くのは私だったはずなのに
私は昔から月とか星が好きだ。
天体というのはそれはそれは妄想の捗る題材で、割と大きくなるまで「自分が月のプリンセスだったら…」という設定で授業中に妄想をくり広げていた。きっと同じような女性は多いだろう。私はセーラームーンだが、もう少しお姉さんの世代だと、「ぼくの地球をまもって(通称ぼくたま)」の影響で、さらに妄想を膨らませていた人が多いと思われる。
中学の頃、理科の先生がものすごくロマンチストな先生で、よく授業から脱線してはギリシャ神話の話をしてくれた。
もともと理科の授業は数学の要素がある1分野はてんでダメで、2分野でどうにか点数を稼いでいたのだが、このロマンチストな先生のおかげで天体にさらに興味が沸き、自分でも関連の本を買ったりして、そこから数年間はギリシャ神話と天体に脳内を支配されていた。本屋さんでKAGAYAさんの画集を見つけ、来る日も来る日もそればっかり眺めていた時期もある。
そんな天体女子だった私は、自分の部屋にプラネタリウムが欲しくなった。だが今のような家庭用のプラネタリウムなんてなかったので、私は暗闇で光る星型の蓄光プラスチックで、自分の部屋の天井にプラネタリウムを自作することにした。
まずはノートに星座の設計図を書いた。そしてそれを持ってベッドの上にのぼり、天井にボールペンで印をつけていく。親に見つかったら間違いなく止められる行為である。だから見つかる前に仕上げなければならない。作業にはスピードが求められた。
星に付属していた両面テープは窓ガラス用だったのか粘着力が弱く、私は父の工具箱から強力な両面テープを拝借してきて、わざわざそれを小さく切って星の裏に貼り付けた。ベッドの上で黙々と行われる地味な作業。ごくまれに発揮されるすごい集中力である。
当時はレッスンのない日が週1しかなかったので、貴重なその1日を使って、なんとしてでもその日中に仕上げなければならなかった。でないと完成する前に親に見つかってしまう。完成さえしてしまえば、それを剥がせとは言わないはずだ。なんせ、外壁にも使えるという強力な両面テープを使っているのだから。
(良い子はマネしないように!)
星の大きさも大中小使い分け、本物の星座を忠実に再現した。定番の北斗七星やオリオン座、こいぬ座とおおいぬ座も作って冬の大三角形も作った。ベッドから降りてチェストの上によじ登り、少し離れた場所にさそり座とおとめ座も作った。部屋の中央付近には、はくちょう座とわし座とこと座を作り、夏の大三角形を作った。
何時間没頭していただろうか。ついに自作プラネタリウムが完成した。私は雨戸を閉めて部屋の電気を消し、部屋の真ん中に立って部屋を見渡した。天井だけでなく、天井に近い壁やカーテンのレールボックス、飾り棚の側面や机の電気スタンドなどにも余った星を貼ったので、部屋全体に立体的に星が浮かび上がった。予想以上の仕上がりである。私天才じゃね?と自画自賛した。笑
私は部屋の真ん中に寝転がり、しばらく天井を見ていた。ずーっと上を向いていたせいで首が痛い。そしてちょっと気持ち悪くなってしまった。根を詰めすぎたのかもしれない。こんなに何かに没頭したのは久しぶりである。すごい達成感だ。
私は立ち上がって部屋の電気をつけ、もう一度部屋を見渡した。電気をつけると星座は見えなくなるが、あちこちにシールが貼ってあるのはすぐわかる。親に見つかるのは時間の問題だろう。怒られたらなんて言ってなだめようかな…と考えているところへ、タイミングよく(?)母がやってきた。
母は部屋に入ってくるなり床に脱ぎ散らかされた制服を見て、「帰ってきて何時間たってるの!?脱いだらすぐにハンガーにかけなさいって言ってるでしょ💢」と怒った。まずい…星座が見つかる前に怒らせてしまった。
私は慌てて制服を拾い集め、ハンガーにかけた。母はぷんすか怒りながら畳んだ洗濯物をチェストの上に置いてくれている。私は内心ヒヤヒヤしながらそれを見ていた。チェストの一番上の引き出しには星が貼ってあるのだ。そしてチェストの目の前の壁にも。
私がハンガーにかけた制服を整えるふりをしながら母の様子を窺っていると、案の定、母は「なにこれ…?」と引き出しの星を見つけてしまった。私は聞こえないふりをする。
「ねえ、なんでこんなとこにこんなもの貼ったの?」と振り向いて訊いてきた母に、私は観念して白状することにした。どうせ遅かれ早かれ明日にはバレるのだ。懺悔はさっさと済ませたほうがよい。
私はおもむろに部屋の入り口に近づき、電気のスイッチに手をおきながら、「ちょっと見てみて」と言って電気を消した。暗闇に浮かび上がる大量の星たち。
母は「わっ!キレイ!」と一瞬喜んだあと、我に返り、目の前の壁に手を伸ばしながら「これ何?なにで貼ったの?」と冷たいトーンで訊いた。覚悟の時である。
「ん…両面テープ」
(外用の、とは言わなかった。笑)
電気をつけながらしれっと答えた私に、予想通り母は怒った。
「両面テープ!?これ全部!?部屋中に!?なんでそんなことしたのよ💢 こんなにたくさん貼って!飽きたらどうするの!剥がすときに壁紙も剥がれちゃうじゃない💢」
私は口先だけで謝りながら、頭の中では父の反応を予想していた。父はきっと怒らない。むしろ「すごいなぁ!自分で作ったの!?」と言って褒めてくれるだろう。父のそんな反応が母も予想できるため、母は余計に腹が立っているのだ。こういうときにガツンと叱れない父親なんてほんと役に立たない!と思っているのだろう。
夜、仕事を終えて部屋から出てきた父に「見せたいものがある」と言って、私の部屋に招き入れた。
久しぶりに年頃の娘の部屋に呼ばれて嬉しそうにしている父。「なになに?」と言いながら期待を膨らませている父を部屋の真ん中に立たせ、私は電気を消した。目の前に現れた小宇宙に、父は「おおおー!」と感動し、「どうしたのこれ!?葉月が作ったの?」と訊いてきたので、私は得意げに「そう。自分で両面テープで貼って作った。外用の、強力なやつで」と答えた。
父は予想通り、「すごいじゃん!天才だな!」と言って喜び、嬉しそうな顔で部屋の中を見回している。ほらね、やっぱり父は怒らない。笑
父は、「今夜ここで寝るのが楽しみだね!」と言い、私は「うん!」と元気に返事した。だがしかし、その日の夜、私はベッドに入ってから超ガッカリすることになる。
夜、布団にもぐりこみ、さあ宇宙へ行くぞ!と意気込みながら電気のヒモを引っ張って部屋の電気を消した。
(時代を感じるなぁ。笑)
暗闇に浮かび上がった私の小宇宙。だけどそれはぼや〜っとボヤけていて、ところどころが二重に見えた。苦労して作った星座もあんまりよく見えない。
私は今も昔もすごく目が悪いのだ。コンタクトを外したらすべてがぼやけて見える。小宇宙の中で脳内トリップしながら眠りにつこうと思っていたのに、実際私の目に映っていたのは宇宙ではなく、なんだかよくわかんないボヤけた光だったのである。
私の小宇宙は、今では毎晩母を楽しませてくれている。あんなに文句を言っていた母だが、私の部屋で寝るようになって、その美しさに感動したらしい。「葉月の部屋で寝ると、なんかいい夢が見られる気がするの」という母を横目で見ながら、視力がいい母を羨んでいる。笑
