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今、但馬・出石がアツい。映画『国宝』と大河ドラマの舞台を歩いてみた




兵庫県但馬地方の城下町「出石」、今アツいですね。
映画『国宝』の舞台「永楽館」にも、行ってきました!
また、有子山城は、大河ドラマ『豊臣兄弟』、登場する、豊臣秀吉の弟・秀長に関わる歴史の舞台でもあります。



映画『国宝』の撮影地・永楽館

出石には、日本最古の芝居小屋の一つといわれる「永楽館」があります。

今回の日本アカデミー賞 最優秀作品賞など最多10冠に輝いた、映画『国宝』の撮影にも使われた場所で、団体客が引っ切りなしに訪れていました!

江戸情緒の残る城下町の中に、突然現れる芝居小屋。歴史の舞台、そのもののような空気が漂っています。

出石そばのイメージが強い町ですが、
文化・芸能の歴史も感じられる場所です。



出石の歴史

出石はもともと、山名氏によって築かれた城下町です。「此隅山城(このすみやまじょう)」という城がありました。山名宗全の祖父、
山名時義によって築かれたとされています。


しかし1569年、豊臣秀吉によって落城。

その後、山名祐豊(山名宗全の直系4代目)は
主君だった織田信長の許可を得て、

約2km離れた場所に新しい山城・有子山城を築きます。
ここには、ちょっと面白い説があります。
「此隅(このすみ)」

「こぬすみ」

「子を盗む」という語感を避け

「子どもがある」という意味を込めて
有り子 → 有子山
という名前にしたという説です。

歴史には、こういう言葉の縁起も
意外と大きく影響するのかもしれません。



しかし城は再び落城する

標高321mの山に築かれた山城が「有子山城」。
現在も登山道があり、城跡まで登ることができますが、
かなりの健脚向きだそうで、
私はまだチャレンジしていません。

有子山城は築城からわずか約6年。

再び豊臣秀吉の弟
豊臣秀長によって攻められ、落城します。
その後、この城の城主となったのが秀長でした。

このあたりの歴史が、大河ドラマ『豊臣兄弟』にも関わってくる可能性が高く、
今後さらに注目されるかもしれませんね^_^



出石城と城内の神社

江戸時代になると、有子山城の麓に築かれたのが「出石城」です。

出石城跡の中には神社がありますが、
よく間違われるのが、出石神社との混同です。

出石城の中にある神社は、有子山稲荷神社
や諸杉(もろすぎ)神社です。
出石城跡から約3km離れた場所にあるのが
但馬国一宮の 出石神社(その近くの山に、築城された此隅山城)。


非常に古い歴史を持つ神社で、境内には禁足地もあります。それだけ強い信仰を集めてきた
パワースポットとも言える場所です。

この出石神社は、時代を超えてこの地にあります。


宗鏡寺(沢庵寺)
出石で忘れてはならないのが宗鏡寺(沢庵寺)。
あの「沢庵漬け」の由来ともいわれる、沢庵和尚ゆかりの寺です。


実は、有子山城へ移る際、宗鏡寺や諸杉神社
も一緒に移されたといわれています。
(私は、有子城跡の麓や出石城跡を訪れると
必ず宗鏡寺・諸杉神社もお参りします。)

城と寺社は、当時の政治と信仰の中心でもあったのです。



豊岡城跡にも行ってみた

出石から少し足を伸ばして、豊岡にも行ってみました。JR豊岡駅の南側にある小さな山。
そこが「豊岡城跡」です。

現在は 神武山公園 になっています。

この城は、山名宗全によって築かれたと考えられ、初代城主は垣屋氏とされています。
(応仁の乱になる以前、宗全公はこの辺りにいることもあったと^_^)

歴史書では、城崎城・木崎城と書かれていることも多く、最初は
「城崎温泉の近く?」と思っていました。

しかし、昔はこのあたりも
「城崎」と呼ばれていた地域だったそうです。



出石そばだけじゃない町

出石といえば「出石そば」の観光地として有名ですが、実際に歩いてみると
・戦国時代の城の歴史
・芝居小屋の文化
・古い神社と寺院
が凝縮された町だと感じました。

映画、ドラマ、歴史…いろいろな視点から楽しめる場所です^_^



出石に行くならぜひ
・永楽館
・出石城跡
・宗鏡寺
・出石神社
そして時間があれば、豊岡城跡(神武山公園)にも、足を運んでみてください。

歴史の流れが、地図の上でつながって見えてきます。
参考文献 『兵庫県史』
  『戦国期における但馬山名氏と因幡国』       


直接投稿とは関係ないですが、
今年2月に、丹波篠山を観光してきたことをYouTubeにまとめました!

よかったら、こちらもご覧ください。

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