見出し画像

短歌ではなく俳句の気分?

短歌と出会って
短歌らしきものを作り始めたのが
57年前のころの16歳の春
そんな私の短歌を見て当時の父が
ローカルな短歌結社に投稿をして
会費を納めてくれて私と師匠を
引き合わせてくれたっけ…
短歌が私の文学への入り口だった。
そこから数年間、短歌を学び
上阪してからは、自ら大好きだった
前衛的な自由律の短歌で当時
短歌界で名前を馳せた師匠に
自ら門戸を叩いた。
その師匠には弟子など居ないけど
側近の盟友が私のことを
「僕の最初で最後の弟子かも」と
言われた事を没後に教えてくれたっけ…


ギュッと、季節、心象、感情、背景を
全て17文字に完結に表現をする俳句とは
三十一文字の短歌を作る私にとっては
まるで?
宇宙からのメッセージのような?
そんな感覚で受け止めていた。
自分には17文字で表すのは至極の難かな?
そんな風に長く思っていた。

歌会の後で居酒屋で飲み会などをしてると
俳句の方達の飲み会と遭遇したりした。
すると、俳句の方達から
「これはこれは、やんごとなき歌人の皆さん」
と、茶化すように言われた時、、、
一瞬、「ん?」となり、すぐに爆笑をして
「これはこれは、粋な俳人の方々」と
言い返したことを懐かしく思い出す。

私には短い俳句はできないと、、、
長い間、思っていたけど

一昨日は何故か?
俳句の気分になって浮かんだ17文字
「遊ぼうよ 蒲公英揺らし 風光る」

私って天才かも?
ワッハハハハ♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
今日もウカレポンチな73歳

要するに
三十一文字だろうが
五七五だろうが
なんだって良い
私は言葉遊びが好き
遊びと言っても
時には
魂の叫びの時もある
奥の深い日本語が母国語の
日本に生まれて良かった。

いいなと思ったら応援しよう!