根石岳ウルルン滞在記
根石岳山荘のチェックインの時間までにギリギリ間に合った。手続きを済ませ、今回は個室に宿泊をした。

独居房と言ったら失礼極まりないが、人っこ一人半日ぐらい宿泊をさせてもらうにはちょうど良い広さであった。
個室にまさかのコンセントがあるとは思いもしなかった。しかしながら、充電器のコードを忘れてしまったため、せっかくのコンセントが台無しになった。

そして夕食まで時間があったため、荷物をおろし、貴重品とカメラを持って、根石岳へ出掛けた。
本日の〆登山は根石岳
約15kgの荷物から解放されたおかげで足に羽が生えて身軽になった。15kgの荷物を背負って根石岳の登頂をせよ!と命令をくだされたら、おそらく登頂不可であっただろうが、今は15kgの荷物から解放されたことによって、身軽にひょこっと登ることができた。





根石岳からは箕冠山方面とは反対側に天狗岳が見えた。今回は、行程の都合上天狗岳へは行かなかった。天狗岳の稜線歩きがとても楽しそうな雰囲気が漂っていたため、次回の八ヶ岳へ登りに行くときは天狗岳を視野に入れたい。




また、今日一日が終わる
夕食の時間が近づいてきたため、根石岳山荘に戻った。
食事に関しては、写真撮影よりも食い意地が勝ってしまうため、食事の写真は一枚もない。(ちなみにいつものことである。)食事はものすごく美味しかった。ましてや、レシピを聞きたいぐらいであった。どれもこれも美味しい料理だったけれども、群を抜いて美味しかったのは白ごはんであった。白ごはんのおかわりは自由だったから、お構いなしに白ごはんのおかわりをした。すると、ご飯の量が調整できるとのことだったので(大盛り、普通、少なめ)、大盛りにした。すると、仏様のご飯に劣らない量のご飯を盛り付けてくれた。それを見ていた他の登山客たちは「おぉっ!」と驚いていた。もちろん、仏様のご飯並みの白ごはんをペロっとたいらげた。
ご飯を食べ終わる頃に、外では日が沈もうとしていた。ご飯を食べ終わって、急いでカメラのレンズを中望遠レンズに取り替え、大急ぎで外に飛び出した。
外を飛び出して驚いたことは、あたり一面ガスがおりてきていたことだ。夕食前は遠方の山にはうっすらガスがかかっていたものの、眺望に問題はなかった。しかし、夕食を摂っている間、おそらく約40分ぐらいの間にガスはおりてきて、あたり一面が濃霧になりかけていた。
根石岳山荘を出て数十メートル離れたところに、ツーリズムのガイドたちと他の登山客がいた。ガイドも日没を見ようと外へ出てきたらしい。私が「ガスがすごいですね。」とガイドに話を掛けてみたところ、「そうなんよ、見る見るうちにガスがおりてきたんよ。」と教えてくれた。
肝心な太陽はガスと分厚い雲に覆われながらも、まだ肉眼で見えるところにいた。

「太陽が隠れちゃう〜!」
その場にいたみんなで日没の実況中継をしている間に太陽は分厚い雲とガスに覆われ、あっという間に沈んでいった。

太陽が沈んでからは、さらなるガスとともに根石岳を暗闇へと引き連れて行った。
暗闇の中、ツーリズムのガイド(お笑いタレントの博多華丸さんに似ていた)と少しばかりお話をした。
過去に八ヶ岳のツアーを何回も実施されているらしいが、北へ行ったことがないため、今回ツアーでは初めての根石岳の訪問になったとのことだった。ツアーのスタートは私が懸念をしていた桜平駐車場だったとのこと。もちろん、ツアーであるためバスでの到着だから車の駐車場には困らなかったが、「まぁまぁな台数が停まってたよ。」と教えてくれた。
そこから(ルートを忘れてしまったが)、横沢峠ルートで箕冠山へ到着をし、根石岳で宿泊の日程だと教えてくれた。明日は、さらに北を目指すべく、天狗岳へ行くそうだ。うらやましい、夕食前に指をくわえて見ていた山を登りに行くなんて。
ガイドに私の山行を聞かれたから教えた。ガイドだったからか、それとも私が無事に根石岳に到着したからなのか分からないが、山行中にすれ違った登山客みたいに心配されるようなことは言われなかった。
あとは、八ヶ岳は冬(雪山)以外は比較的晴れていることが多いと教えてくれた。北アルプスが悪天候をブロックしてくれるおかげで八ヶ岳までは雲がやってこないだとか。
他愛のない八ヶ岳トークがとても楽しかった。でも、時間は19時半を回ろうとしていた。根石岳山荘では20時消灯と決められていた。だから、そろそろ部屋に戻らなきゃいけなかった。ガイドにお礼を告げて部屋へ戻った。
あっという間に日が沈んでからは、昼間の暑さは幻だったのか季節は急に冬へ逆戻りをした。山荘側のはからいで毛布の貸し出しをしてくれた。布団、毛布にくるまって眠りに就く準備を整えた。
山荘の従業員が「消灯時間なので、消灯します。」と言われ、部屋で点けっぱなしにしていた電気は勝手にバチンと切れて、真っ暗闇となった。消灯してからは少しばかり眠たくはなかったが、スマートフォンは充電ができないため電源を切っており、暗闇の中でやることがなかった。正確にはできなかった。やることができないから何もしない時間を送っていたらいつの間にか眠りについていた。
ちなみに、根石岳山荘では宿泊とは別に料金を払うと15分間のお風呂に入れるらしい。お風呂を希望している登山客が複数名いたが、私は希望をしなかった。汗まみれで汚いのは重々承知であるが、おそらくキリマンジャロでは一週間ぐらいお風呂に入れないことが想定されるため、その訓練(たかが一日)のためお風呂には入らなかった。
眠りについてから、あれは何時だったのだろうか。感覚的にそんなに時間が経っていないような気がした。外が轟音で騒がしくなっていた。
真夜中の喧騒
ビュオー!ビュオー!
外で何かが大暴れをして怒っているようだった。
疲れと睡魔でまぶたが持ち上がらなかったが、耳は手当たり次第全ての音を拾い集めようとしていた。そこで外で何が起きているかが分かった。それは強風ならぬ暴風であった。
こんな轟音の風の音は台風のときぐらいしか聞かない。風速は分からないが、これは台風並みの風速だろうと予測ができた。あまりの轟音にこの山荘が飛んでいかないかが心配になり始めた。騒がしい台風並みの轟音、山荘が飛ばされないかの不安、案の定私の心配性スイッチが入ってしまい、私は眠れなくなってしまった。
この展開をどこかで体験したことがあるような気がする。記憶のページをめくっていくと、今年ゴールデンウィークに滞在をした八丈島へ行く途中の出来事である。
八丈島で起きた似た展開を、今ここ根石岳でも味わっている。八丈島と違うところは今は船ではなく家屋であるところだ。揺れがなかっただけでもせめてのもの救いであった。
明日は八ヶ岳山荘登山口へ戻らなければならない。また10km以上の距離を歩かなければならない。明日も今日みたいに気温が暑いことが想定される。だから、今のうちに少しでも寝て体力の温存をしなければならない。だが、寝よう、寝ようとすればするほど眠れず、結局朝を迎えてしまった。私の本日の睡眠時間はおそらく3時間ぐらいだったと思う。本来ならば、6〜7時間は眠る予定だったのに。
ビュービューな朝を迎える
時間を見ていないから分からないが、午前5時頃だったのだろうか。おそらく、山荘のブレーカーの電源が入ったのであろう、部屋の電気がカッと点いた。とても眩しくて、部屋の電気の光に慣れるまでしばらく目を閉じていた。
鉛のような重たい身体をゆっくりと起こした。昨日の疲れ、睡眠不足がたたってしまい、身体はまだ眠っていた。とは言え、部屋の電気が点いてしまい、頭は完全に覚醒をしてしまったから、もう眠れないと確信した。
昨晩からの轟音は勢力を弱めていなかった。ひたすら、ずっとずっと「ビュオー!ビュオー!」と根石岳に何かの怒りをぶつけているようだった。部屋のカーテンをそっと開け、外を見てみると曇ってはいたものの視界は良好で、そこまでは悪そうな天気ではなかった。昨晩のガスはこの暴風により穿けてしまったと考えられる。
よくよく外を見てみると、東側の空がうっすらと色付いていた。日の出時刻はとっくのとうに過ぎているが、朝焼けにまだ間に合うような気がした。
脳と身体の動きが反比例してしまい、なかなか身体が動かなかった。疲れ、寝不足が原因であるが、ひょっとしたら軽いシャリバテをおこしているのかもしれないと思い、ハッピーターンを食べた。すると、元気が湧き上がり、急いで外へ出て行った。
外へ飛び出したのは良かったものの、風は音以上に勢力が強く何かにつかまっていないと、長野県の果てまで飛ばされそうになった。私は東の空を目指したが、暴風の風向きが西からであり、ただ立っているだけでは暴風に押されて勝手に体が東へ進むほどの猛烈な風速であった。
自分の意思で歩いているのか、暴風に飛ばされているのかよく分からず、東の空が見える地点までなんとかたどり着いた。木の柵の棒に身を委ねて、やっと立っていられる状態であった。暴風とは相反して、東の空には朝焼けと雲海が広がっていた。


刻々と変わる空模様。
あまりの暴風でカメラのシャッターを押しても押しても、手ブレ写真を量産するばかり。もちろん、手ブレ機能をONにしているけれども、暴風には敵わなかった。最後はヤケクソになって連写で撮った。連写なら手ブレが少しは軽減されたであろう。

天使の梯子を見ると、「天使の梯子論争」が起きてしまう。天使の梯子と名前がついているように、天使が天界と下界を行き来していることが伺える。ここで考えの分裂が起きてしまう。この天使の梯子から天使が天界から下界へ降りているのか、それとも下界から天界へ昇っているのか。
私は幼少期に見たアニメ「フランダースの犬」の最終話が脳裏にこびりついているため、天使は下界から天界へ昇っていると信じている。ところが私の母親や友達は天使が天界から下界へ降りているというのである。今思えば、どうしてそのような発想になっているかはよく分からない。私もフランダースの犬を観ただけで、勝手にこのようなイメージが擦り込まれている。
おそらく、天使の梯子を見かけると、天使が降りている派と昇っている派の二つに別れるはずだ。
話が脱線してしまった。
暴風は弱まることを知らなかった。写真を必死に撮っていたものの、暴風に直撃をしているため、体感温度が徐々に下がってきた。このままでは低体温になってしまうため、山荘に戻ろうと振り返って見ると、北アルプス連峰が姿を表していた。

昨日は気が付かなかった。おそらく、昨日の北アルプス連峰は分厚い雲に覆われており、根石岳から肉眼では確認が取れなかった。まさかの北アルプス連峰が見られるとは予想をしていなかったため、驚きのあまり「うそぉー!」と大声を出してしまった。嘘ではなく夢でもなかった。
またもや木の柵の棒にもたれながら飛ばされないように写真を撮っていたところに、山荘から登山客が外の様子を伺いに出てきた。私は挨拶をし、北アルプスはアルプスでもどれがどの山かがまったく分からず、登山客に尋ねた。すると、登山客は指を指しながら、「あれが穂高でね、あの尖ってるのがあるでしょ?あれが槍(槍ヶ岳)だよ。」と丁寧に教えてくれた。どれも登ったことはないけれども、名前だけは知っている。

右手側に北アルプス連峰、左手に見える山は乗鞍岳と教えてくれた。乗鞍岳は去年6月と9月に登りに行った。去年登りに行った乗鞍岳とこんな形で再会を果たすとは感慨深いものがあった。
吹き飛ばされながらも満足の行く写真が撮れたため、山荘へ戻った。昨晩に続き美味しい朝食をいただいたら、疲れがどこか飛んで行き、元気が戻ってきた。名残惜しいけれども、身支度を済ませて根石岳山荘の従業員にお礼を言って、八ヶ岳山荘登山口に向けて出発をした。私が出発する数十分前には、ツーリズムの御一行は天狗岳へ出発をしていた。
ここで問題が発生した。
今日は硫黄岳へ目指す予定である。ただ、この暴風の中、ガレ場を通らなければならなかった。もちろん、柵など何もない。本当の本当に自己責任の世界である。暴風に飛ばされて滑落をしてしまったらどうしようと不安が横切った。それか安全を取って来た道を引き返すべきなのか。来た道は赤岩ノ頭までは森であるため、この暴風の勢力は根石岳に比べると弱まると考えられた。ところが、あのオーレン小屋から赤岩ノ頭ルートの勾配がキツイ登り坂を登らなければならないことに少々抵抗があった。そして、今の私は休息を摂ったとは言え、あの急登に耐えられるスタミナが残っているのだろうかと疑問に思った。おそらく、勾配ならオーレン小屋ルートよりも硫黄岳が易しいと考えた。ただ、暴風であるため無事に登頂ができるかどうかが黄色信号であった。
私はこの日の一番の苦渋の決断が迫られていた。ふと根石岳方面を見ると、ツーリズム御一行の長蛇の列が見えた。昨晩のガイドの話によると、今日は天狗岳を目指すと話していた。私からしたら天狗岳も硫黄岳もカテゴリーはよく似ていると思った。この暴風の中、天狗岳を目指す御一行を見ると、硫黄岳もなんとか登れるのではないだろうかと思った。
だから、私は硫黄岳へ目指すことにした。
