【後編】八丈島へ行ってきた
今までのお話は(↓)にまとめています。
今日の運行状況
目が覚めた。枕元に置いていたiPhoneを手に取って眩しい液晶画面を見てみたら、午前5時を過ぎていた。閉め切ったカーテンの隙間から差し込む微かな日差しはとても眩しそうだった。昨日と打って変わって、外は晴れているようだ。10時間の睡眠をしたおかげで、昨日の船旅の太平洋による荒波の酔いは取れたみたいだ。目が覚めても身体が起き上がらず、寝転んだままiPhoneを操作した。
今日は本州へ戻る日だ、船で。せっかく取れた酔いをまた酔いに行くのかと考えると、今日という一日が非常に重たいものに感じられた。否が応でも船に乗らなければならないが、船の出航時間を曖昧にしか把握をしていなかった。そして、どこの港から出航するかは、当日の東海汽船の運行状況の確認をしなければならなかった。
東海汽船の運行状況のホームページを開いてみたところ、到着港、運行状況がともに「---」となっていた。これは何を意味しているかと言うと、そのままの意味で「不明」ということだ。入港するかもしれないし、海上の状況によっては接岸ができないかもしれない、現段階では判断しかねる状況である。この三本線を見たとき、「おいおいおーい、今日はこんなに晴れてるんだぜ?」と思った。
私が乗る橘丸3400の航路は、東京湾を出発し、三宅島→御蔵島→八丈島の順番で航行する。三宅島はたしか5時前には入港しているはずだと思い、三宅島を見てみたところ、「就航済」となっていた。そして、三宅島を無事に出発をしたということは次は御蔵島を目指しているはずだ。三宅島に続いて御蔵島の運行状況をみると、「★」となっていた。「★」は港へは向かうけど、海上状況によっては接岸ができないかもしれない、なんとも際どいところである。
そして、数十分ぐらい時間を置いて再度御蔵島の運行状況を見た。すると「❌」になっていた。これは接岸をできなかったことを意味する。要は入港ができず、御蔵島を飛ばして八丈島を目指しているということだ。おそらく、昨日自分自身が乗船したとき御蔵島へは入港しなかった、あのときのことが今日も起きていた。三宅島は接岸できて、御蔵島は接岸不可、八丈島はどうなるのだろうか。
八丈島の予定出発時刻は9時半ぐらいであった。私は底土港とは真反対の場所におり、そこからは6キロぐらいの道のりだった。私は交通手段がないため6キロを歩かなければならない。時間にすると1時間ちょっとはかかる。9時には待合室に到着をしておきたい。そのためには、時間に余裕を見て遅くても7時半には宿を出発しなければならない。それまでに運行状況が発表されるかどうかが心配になった。だって、今日、本州に戻らないと明後日の仕事に間に合わないからだ。間に合わなかったら間に合わなかったでどうにかなりそうな気がしたけれども。我ながら、朝から一人で緊迫した空気になってしまった。更新ボタンを連打したが、運行状況は「★」から一向に変わることがなかった。おそらく今すぐに運行状況が更新されないような気がしたため、身支度を済ませることにした。
それから程良い時間が経ったような気がした。身支度が整い、再び運行状況を見てみた。すると、無事に底土港に接岸する旨が書かれており、安心することができた。宿を出るには少しばかり早い時間のような気がしたけれども、散歩をしながら底土港へ向かうため、早々と宿のチェックアウトを済ませた。
御蔵島の着岸率
私は気になった、御蔵島の着岸率が。私が東京諸島へ足を踏み入れて、橘丸3400は3回の航行を済ませているが、3回のうち2回は着岸不可、1回は着岸したかどうか不明(私の確認し忘れ)、こんなに着岸ができないものだろうかと疑問に思った。そこで、東京諸島の各島の着岸率をまとめているサイトを発見した。
こちらのサイトを参考にしてみると、三宅島と八丈島の着岸率は90%前後で悪天候以外は、まぁまぁな確率で着岸をしていることが伺える。そもそも、私が東京諸島に滞在中はこれらの二つの島で接岸不可にはならず、両方とも無事に就航をした。そして、気になる御蔵島の着岸率は60%台、低すぎではありませんか?三宅島、御蔵島、八丈島の三つの航路のうち、三宅島と八丈島は9割の確率で就航することに対し、御蔵島は6割。しかも三宅島と御蔵島の航行時間は約1時間前後。距離としてはそんなに離れていないはずなのに、どうして着岸率が60%なのだろうか。(ちなみに御蔵島から八丈島までの航行時間は約3時間はかかる。)
上記で紹介をしたサイトを読み進めると、三宅島と八丈島は二箇所の港があることに対し、御蔵島の港は一箇所だけ。三宅島と八丈島はそのときの海上の状況に応じて、着岸する港をどちらかに選択をすることができる。しかしながら、御蔵島には港が一箇所しかないため、海上の状況が不安定な場合は着岸不可となる。これにはなんとなく納得ができた。
旅を終えてから、一日の始まりと終わりに東海汽船の運行状況をチェックすることが日課になりつつある。チェックをしたからと言って何かあるわけではないし、失礼ながらもう二度と乗りたくない。ただ、なんとなく気になってしまう。緑色の丸印で就航済という文字をみると、なぜだか安心をしてしまう自分がいる。
ちなみに、私が岡山県に戻ってからは、三宅島、御蔵島、八丈島は全て上り線、下り線ともに就航済となっている。平和な東京諸島のようで、やっぱり安心をしてしまう。
おはよう、横間海岸
話が脱線してしまったが、最終日の話に戻る。
私は宿をチェックアウトして底土港へ徒歩で向かうことにした。写真を撮りたいため、早めに宿を出発した。宿を出た瞬間、日差しが眩しかった。目が開けられないほどではなかったが、初夏を思わせるような強い、キツイ日差しであった。
底土港へ向かう前に、もう一度横間海岸へ寄ることにした。天気は昨日と打って変わって日差しが眩しいぐらいの晴天だ。もしかすると、昨日の轟音の荒波はさざなみとなって落ち着いているかもしれない。昨日と同じく、横間海岸の案内板を曲がって緩い下り坂を降りていく最中に、昨日聞いた轟音の波音がどんどん大きくなっていた。予想外な展開だった。下り坂を下るにつれ早歩きから小走りになり、小高い丘に登って海を見下ろしたところ、昨日見た光景が同じように広がっていた。晴天と言えども、太平洋の波は天気に関係なく、忙しなく岸壁に何回も力強くぶつかっていた。たまたま、私が見たタイミングが悪いとは思うが、また、いつしか波が落ち着いている光景を見てみたいものだ。



おはよう、八丈富士
昨日と変わらない横尾海岸をあとにして、底土港へ向かうことにした。そして、私はここで信じられない光景を目にしてしまう。それは、長い一本道の先にドーン!と八丈富士が姿を現していた。なんて言えばいいのだろうか。すぐそこに、何事もないかのように富士山がこんにちはをしているようなシチュエーション。八丈富士に驚いてしまい、思わず「えっ!デカッ!」と声が出てしまった。私が想像していたよりも、大きな八丈富士。なんとなくだが、鹿児島県の開聞岳を思い出した。誇らしげに悠然な姿を見せる八丈富士の向かって「今日じゃなくて昨日、顔を見せてよ!」と、小言を言ってしまった。言ったところで返答はないけれども。山の形はもちろん、稜線がくっきりはっきり見えた。そして、あそこが7合目の登山口と分かった。登山口から出発をして登頂をしてお鉢周りをしていたことを想像した。
本当は昨日の天気が今日みたいに晴れていたならば、私は本来の目的を果たしていただろうにと、未練がましく思ってしまった。とは言え、太平洋の荒波による船酔いでは結果的に登れなかったかもしれない。そうなると、晴天の方がもっと悔しかったかもしれない。昨日の登山の断念は、自分の体調不良に加えて、天候が悪かったから、自分が50%、悪天候が50%と考えることができる。しかし、天候が晴天ならば自分が100%の原因で登れなかったことになる。そう思うと、昨日は生憎の雨で良かったのかもしれないと、やや責任転嫁なことを考えてしまった。あんなにキレイな八丈富士をみると、今すぐにでも登りに行きたくなる。でも、今日は帰らなければいけない。あ~あ、私は八丈島へ来て何をしに来たのだろうか、と虚しい気持ちになった。私の今回の旅を一文で表すと、
航行中の荒波で酔っ払って八丈島へ上陸して10時間眠っていた⋯
八丈島に限らず旅先でやることではない。このような八丈島の滞在の仕方は自分しかいないはずだ。悔やんだって後の祭り、人生ネタでしょ?精神で開き直るしかなかった。


八丈富士を横目にしながら、私は底土港へ向かってひたすら歩いた。

八丈島を二日間歩いていてよく目についた、このコロンとしたフォルムの石垣。八丈島名物らしく「大里(おおざと)の玉石垣」と呼ばれている。玉石垣とは長年に渡って波にもまれ丸くなった玉石を、流人たちが横間海岸等から一つ一つ積み上げた石垣のこと。ゴツゴツとした石が乱暴な荒波にもまれてこんなに丸くなるなんて、一種の職人技である。横間海岸で見た荒波を思い出すと、どこか納得ができるものがあった。

ちょんこめ⋯おそらく、この写真を見た人は「ちょんこめ」という言葉が目についただろう。私も初めて見たとき「ちょんこめ?」と疑問に思った。「ちょんこめ」について、Google先生のAIによると、
「ちょんこめ」は八丈島の方言で、「子牛」を意味する。
成長をゆっくりでも、最終的には強く大きな牛になるようにと願いが込められている。
ネーミングも可愛いし、意味も素敵である「ちょんこめ」
ふと、この記事を書いていて思ったことが、今回の旅で牛を一頭も見なかった。ヤギは3頭見かけたが、牛は一頭も見なかった。本当だったら、八丈富士の登山口の近くにある牧場へ行って、牛を見る予定だったと今更ながら思い出した。

ラストステージ
写真を撮りながら歩いていたら、底土港へ到着をした。到着時間は9時ぐらいだったと思う。まずまずな時間に到着をして一安心をした。私が底土港へ到着したときには、橘丸3400はすでに着岸をしていた。

これから私は、RPGで言うラストダンジョン⋯ラストステージに踏み入れる覚悟でいた。10時間睡眠をしたおかげで私は回復をした。これから約10時間、太平洋の荒波という名のラスボスに挑まなければならない。たぶん、今回の旅で一番頑張った場面であると言っても過言ではない。さぁ、ラストステージに足を踏み入れようではないか(ただの乗船)


記事のタイトルに「後編」と入れていて終わりそうな雰囲気を漂わせてしまったが、内容がまだまだ長くなりそうなため、後編はここまで!続きは「完結」にて八丈島旅は終わりとする。
