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人は本当に「助けて」と言えるのか——『52ヘルツのクジラたち』を読んで

人は、本当に苦しいときほど、わかりやすく「助けて」と言えないのかもしれない。

怒りとして出ることもある。沈黙として出ることもある。何でもないふりとして出ることもある。

『52ヘルツのクジラたち』を読んで考えたのは、誰かを救うとは、相手の声を大きくすることではなく、こちらの聞く力を変えることなのではないか、ということだった。

この本について

『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ(中央公論新社、2020年)

この小説は、傷を抱えて生きてきた人たちが、互いの孤独に触れていく物語だ。タイトルにある「52ヘルツのクジラ」とは、ほかのクジラには届かない高い周波数で鳴くため、世界で最も孤独だと言われる存在を指している。

物語の中心にあるのは、声を上げていない人ではなく、声を上げても届かなかった人たちの痛みだと思う。大きな事件や劇的な展開よりも、「なぜ誰にも聞こえなかったのか」という問いが、読み終えたあとも残り続ける。

心に残った3つのこと

1. SOSは、いつも言葉で出るとは限らない

この物語に出てくる人たちは、単純に「助けて」と言えない。言えないというより、そう言ってもよいと思える場所にいなかったのだと思う。

苦しさは、きれいな言葉になって出てくるとは限らない。拒絶、乱暴な態度、過剰な我慢、感情のない返事。そういう形でしか出せないSOSもある。読む側は、そこで何度も立ち止まることになる。

2. 孤独は、ひとりでいることだけではない

孤独というと、誰もそばにいない状態を想像しがちだ。でもこの小説が描いている孤独は、もっと深い。人の近くにいても、自分の声が届かない。家族や知人がいても、苦しさを理解されない。

52ヘルツのクジラという比喩が刺さるのは、そこに「発しているのに届かない」という残酷さがあるからだ。沈黙しているのではない。誰かに聞こえる周波数では受け取られていない。その差は、とても大きい。

3. 救いは、特別な正しさから始まらない

誰かを救うというと、強い人が弱い人に手を差し伸べるような構図を想像してしまう。でも、この物語で描かれる救いは、そんなに一方通行ではない。

傷を抱えた人が、別の傷を抱えた人の声に気づく。完璧な理解ではなくても、「聞こえている」と示す。その小さな反応が、人を少しずつ生きる側へ戻していく。救いは正論より先に、受信から始まるのだと思った。

そこから考えたこと

相続や資産相談の仕事をしていると、表に出ている相談内容と、本当に困っていることが一致しない場面がある。

「親の財産を早めに整理したい」「兄弟にはまだ話したくない」「この名義はどうすればいいか」。言葉だけを見れば、ただの手続き相談に見える。でも話を聞いていくと、その奥に、長年の家族関係への疲れや、不公平感や、誰にも言えなかった不安が隠れていることがある。

もちろん、相談者全員が深刻なSOSを出しているわけではない。こちらが勝手に物語を作ってしまうのも危うい。ただ、言葉の表面だけを拾っていると、見落とすものがある。声の大きさではなく、声の揺れを聞く必要があるのだと思う。

人は何かしら、SOSのシグナルを持っている。けれど、そのシグナルは本人にも自覚されていないことがある。周囲に迷惑をかけたくない。家族のことを悪く言いたくない。自分が弱いと認めたくない。そうして言葉になる前の段階で、助けを求める声は別の形に変わっていく。

この小説が強く残るのは、「救われる人」と「救う人」を単純に分けていないからだ。誰かの声を聞き取る人もまた、別の場所では聞き取ってもらえなかった人かもしれない。だからこそ、支援とは上から差し出すものではなく、互いの周波数を少しずつ合わせていくことなのだと思う。

相談の現場でも、人生の中でも、必要なのはすぐに答えを出す力だけではない。違和感に気づくこと。沈黙を急いで埋めないこと。相手がまだ言葉にできていないものを、言葉にできるまで待つこと。

『52ヘルツのクジラたち』は、その難しさと大切さを、静かに突きつけてくる。

誰に読んでほしいか

誰かの苦しさに気づけなかった経験がある人に読んでほしい。あるいは、自分自身がうまく助けを求められなかったことのある人にも。

この小説は、簡単な慰めをくれる作品ではない。けれど、届かなかった声にも意味があったのだと、少しだけ思わせてくれる。

まとめ

『52ヘルツのクジラたち』は、孤独な人を描いた小説であると同時に、聞くことの責任を描いた小説でもあると思う。

私たちは、誰かのSOSを見逃さずに生きることはできない。きっと何度も見落とす。それでも、見落としているかもしれないという意識を持つだけで、誰かの声の聞こえ方は少し変わる。

自分の近くにいる人の52ヘルツに、私は気づけているだろうか。

📖 この記事で取り上げた本:
『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ(中央公論新社)

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