5分SF|風鈴
地球の技術は、ほとんどゴミだった。
少なくとも、宇宙人にとっては。
***
人類史上初めて、地球外知的生命体がやってきた。
彼らの文明は、人類より約18万年進んでいるらしい。
恒星間航行。
重力制御。
物質転送。
老化抑制。
人類には原理すら理解できない技術を、彼らは日用品として使っていた。
各国は困った。
何を見せればいい。
せっかく来たのだから、地球にも何かすごいものがあると思わせたい。
まず、最新の量子コンピュータを見せた。
「これは?」
「量子状態を利用して、高速に計算します」
「計算機ですね」
「はい」
「あります」
核融合炉を見せた。
「これは?」
「核融合反応によってエネルギーを——」
「発電機ですね」
「はい」
「あります」
宇宙望遠鏡。
「遠くを見る装置ですね」
「はい」
「あります」
リニアモーターカー。
「移動する装置ですね」
「はい」
「遅いですね」
「……はい」
人類は傷ついた。
***
文化ならどうだ。
美術館へ連れていった。
宇宙人は絵を見た。
「これは何に使いますか?」
「使いません」
「では、何ですか?」
「絵です」
「記録?」
「いや、鑑賞します」
「鑑賞」
「見て楽しむんです」
宇宙人は少し黙った。
だが、その日はそれ以上何も言わなかった。
***
日本を視察していたときだった。
一行が古い町を歩いていると、
チリン。
宇宙人が止まった。
チリン。
「今の音は?」
通訳が周囲を見た。
「あれですね」
軒先に、小さなガラスの風鈴が吊られていた。
宇宙人は近づいた。
「これは何ですか?」
「風鈴です」
「フウリン」
宇宙人は端末を向けた。
「用途は?」
「風が吹くと鳴ります」
「警報装置?」
「違います」
「風速計?」
「違います」
「風向計?」
「違います」
「では、なぜ風が吹くと鳴らすのですか?」
通訳は困った。
「涼しく感じるので」
宇宙人の端末が動いた。
《気温:32.4℃》
チリン。
《気温:32.4℃》
「変化していません」
「してませんね」
「湿度も変化していません」
「はい」
「風鈴による冷却効果は?」
「ないです」
宇宙人は風鈴を見た。
「では、なぜ涼しい?」
「……なんとなく」
「ナントナク」
宇宙人は記録した。
***
そこから調査がおかしくなった。
「これは?」
「花火です」
「爆発物?」
「まあ」
「何を破壊しますか?」
「何も」
「では、なぜ爆発させる?」
「きれいなので」
「消えました」
「消えるのもいいんです」
宇宙人は記録した。
***
「これは?」
「盆栽です」
「樹木?」
「はい」
「大きく育てない?」
「小さく育てます」
「なぜ?」
「その方がいいので」
「大きくしたい場合は?」
「地面に植えます」
「では、なぜ小さく?」
「……いいでしょう?」
宇宙人は長い間、盆栽を見た。
記録した。
***
「これは?」
「月見です」
「衛星観測?」
「月を見ます」
「それだけ?」
「団子も食べます」
「月へ行く?」
「行きません」
「観測データは?」
「取りません」
「何をする?」
「月を見ながら、団子を食べます」
「なぜ?」
「秋なので」
宇宙人は記録した。
***
視察最終日。
世界中の研究者が集められた。
宇宙人が、地球文明について総評を発表するという。
人類は緊張した。
スクリーンに文字が表示された。
《地球文明技術評価》
量子計算。
《初歩》
核融合。
《初歩》
宇宙航行。
《極めて初歩》
人工知能。
《初歩》
会場が静まり返った。
次のページ。
《特記事項》
風鈴。
花火。
盆栽。
月見。
研究者たちがざわついた。
代表が聞いた。
「それらが、優れているということですか?」
「分かりません」
「分からない?」
「我々の文明には存在しません」
宇宙人は説明した。
彼らの文明では、あらゆるものが最適化されていた。
温度を下げたいなら、温度を下げる。
遠くへ行きたいなら、瞬時に移動する。
情報が欲しければ、取得する。
必要なものを、必要なだけ、最短で得る。
18万年かけて、そうなった。
「では、風鈴の何が?」
宇宙人は少し考えた。
「温度を下げずに、涼しくする」
会場が静かになった。
「我々には、この発想がありません」
「花火は?」
「エネルギーを使って、何も残さない」
「盆栽は?」
「成長できるものを、あえて成長させない」
「月見は?」
「到達できる場所へ、行かずに眺める」
宇宙人はしばらく黙った。
「我々は、できるようになることを進歩と呼んできました」
研究者たちは聞いていた。
「地球人は、できるのに、しないことがある」
***
宇宙人は帰ることになった。
地球から記念品を一つだけ持ち帰りたいと言った。
各国は再び騒いだ。
最新の半導体。
芸術品。
希少な鉱物。
歴史的な資料。
宇宙人が選んだのは、
980円の風鈴だった。
***
18万年先の星。
研究施設の窓辺に、地球の風鈴が吊られた。
人工大気が流れる。
チリン。
同僚の宇宙人がやってきた。
「それは何だ?」
「地球の装置だ」
「何をする?」
「風が吹くと鳴る」
「何のために?」
「涼しく感じるらしい」
同僚は室温を測った。
「変わっていない」
「知っている」
「では、何の役に立つ?」
宇宙人は答えようとした。
そのとき、
チリン。
二人で風鈴を見た。
「分からない」
もう一度、鳴った。
宇宙人は少し笑った。
「そこがいい」
5分SF
今日より少し先の未来を、5分以内で。
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