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アマルフィと赤穂、ふたつの坂の町【兵庫県】

潮の香りが、記憶を運んでくる。
ここはまるで異国のような坂の町。海を背にした坂道を歩くと、なぜか知っているような気がしました。

イタリア南部のアマルフィ。

晴れた日には海面が、きらきらと輝いて見えることから、きらきら坂と名付けられました。
地中海沿岸の街を連想させるモザイクタイル

いつかの映像で見たような。朝の光が、白い壁を照らしていました。ゆるやかな坂道に石畳が敷かれ、タイルがアクセントになっている。

ここは兵庫県赤穂市。人気の観光スポット「きらきら坂」です。もともとコンクリートの階段だったものが、石畳やモザイクタイルで装飾されたことで「まるで海外のようだ」とSNSを中心に話題となり、写真映えする場所として注目を集めています。

私の目にも、アマルフィの記憶が重なっていました。

赤穂御崎の遊歩道にて

視界の先に広がる海、やわらかい光が反射した瞬間、遠い土地の記憶と、赤穂の坂の風景が、思いがけずつながった気がしました。


兵庫県赤穂市

兵庫県南西部に位置する赤穂市は、古くから塩田が広がり、日本有数の製塩地として栄えました。この豊かな塩は、瀬戸内海に面した遠浅の海岸と、温暖な気候が生み出したものです。また、忠臣蔵で知られる赤穂浪士ゆかりの地としても有名で、歴史的な風情が今も残ります。独特の地形と歴史が交差する、魅力あふれる街です。

きらきら坂で出会う風景

赤穂御崎の「きらきら坂」は、瀬戸内海を望む斜面に沿って白壁の家々が立ち並ぶ小道です。訪れた瞬間、「ここは南イタリアの町かな」と思わせる景色が広がります。海を見下ろせば、視界いっぱいに青が広がる。

古民家をリノベーションしたおしゃれなカフェやジェラートショップ、ガラス工房などが点在。
美しい景色を眺めながら散策を楽しめます。

きらきら坂から続くカフェや雑貨店は、こぢんまりとしていて可愛らしく、まるでアマルフィの観光地のよう。

確かアマルフィは中世、独立した海洋都市として繁栄したと記憶しています。

地理的に地中海の貿易路の要衝に位置していたアマルフィは、商業的な才覚と卓越した航海技術を武器に、東方と西洋を結ぶ自由な貿易で富を築きました。国家の権力や制度ではなく、商人たちの自由な売買が都市の繁栄の原動力でした。


赤穂における塩と制度

一方、赤穂は江戸時代から質の高い塩の生産地として知られましたが、明治時代に入り、国家の財政を支えるために専売制度が導入されました。

塩の生産、流通、販売は国の厳格な管理下に置かれ、民間の自由な取引は制限されたのです。

まさに、この国家管理体制・権威を象徴するような、立派な洋風建築がここにありました。赤穂にはその中枢のひとつ、「赤穂塩務局事務所」が置かれました。

和瓦の屋根と洋風の壁が共存する和洋折衷の外観は、ジブリ作品に登場する建物のようです。
パステルカラーの壁は、どこか懐かしくて不思議な世界観に通じるものがあります。

明治時代の木造建築としては珍しく、左右非対称でデザイン性に富んだ外観。玄関のアーチ状のひさしや、曲線的な飾り格子、そして室内も落ち着いたパステルカラーが洗練された雰囲気を醸し出しています。

建物自体が兵庫県指定重要文化財にもなっており、その建築美だけでも見ごたえがあります。

現在「赤穂市立民俗資料館」として一般公開されており、見学することができます。当時の建物の意匠や工法を間近で見られるほか、館内には赤穂の民具や生活用品などが展示されており、当時の暮らしぶりを知ることができます。

現代では様々な種類の塩が買えますが、かつては国が定めた「食卓塩」というものが主流だった。

赤穂塩務局事務所が建てられた目的の一つは、1905年(明治38年)に施行された塩専売制度を管理することでした。

日露戦争の戦費を調達するため、国は塩を専売品とし、その生産、流通、販売を一手に管理して利益を上げました。塩は国民にとって必要不可欠な日用品であるため、安定した財源として非常に重要だったのです。
このため、塩務局事務所は単なる地域の役所ではなく、国家の財政を支えるための重要な拠点であり、その権威を示す必要がありました。

体験をもとに、AIによる補足解説を加えたものです。

この赤穂塩務局事務所は、単なる事務処理のための建物ではなく、国の重要な機関にふさわしい、デザイン性、技術にこだわった、権威を象徴するような建物であったと言えます。

塩が国のものだった。国家財政を支える「専売品」だった記憶が、確かにそこに残っていました。

同じ港町でありながら、アマルフィが商業都市として自立した国家であったのに対し、赤穂は国家の政策に組み込まれた地域であったのです。



赤穂は、塩造りの町

赤穂は、江戸時代から塩の名産地として栄え、塩業は赤穂の経済を支える重要な産業でした。

赤穂城公園内の歴史博物館。平成元年(1989年)に建設されました。

この白壁の建物は、赤穂城公園内にある、江戸時代後期から明治時代にかけて使われた製塩倉庫群をモチーフに建てられたものです。当時の塩田で生産された塩を保管していた蔵の雰囲気を再現しています。

赤穂の歴史や文化、赤穂浪士の物語や、この地の産業であった塩業に関する資料を豊富に展示しています。

生産された大量の塩を全国各地へ運ぶ船

赤穂市は、古くから天然の良港として栄えた歴史ある港町です。

江戸時代には、赤穂の塩を全国各地へ運ぶ「塩廻船しおかいせん」や、日本海と瀬戸内海を結ぶ「北前船」の寄港地として大いに賑わいました。その当時の面影は、今も残る古い町並みや文化財に見ることができます。

2018年には、町並みや文化財が、北前船の寄港地の一つとして「日本遺産」に認定されています。赤穂城下自体も瀬戸内海に面していて、海とは切り離せない関係にあり「港町」としての歴史と文化が色濃く残る場所です。


そして、いま

現代では塩は自由に売り買いされ、塩専売制度もすでに過去のものとなっています。 赤穂の塩田は観光地となり、塩務局は博物館へと姿を変えました。

アマルフィの町もまた、今は観光地として多くの人々を引き寄せています。


同じ海の匂いをまといながら、
一方は風に乗り、もう一方は制度に包まれていった。

ここには、まったく異なる運命をたどった港町のストーリーがありました。

Activity

ロードバイク
走行距離 63.80km/獲得標高 569m 
赤穂市・きらきら坂ライド


関西の地をめぐりながら、土地の成り立ちと人の営みを紐解いていく旅。そこで感じた空気や光、匂いを手がかりに、AIがひとつの物語りを紡いでいます。

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