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AIが「3つ」に分かれた日 ― 私が「最強モデルを追うな」と言い続ける理由

OpenAIが新しいモデル「GPT-5.6」を出しました。ニュースとしては聞き流していい話に見えるかもしれません。けれど私は、この発表を見た瞬間に「ああ、時代が一段変わったな」と思いました。

理由はシンプルです。今回は、一つのモデルではなく、性格の違う3つのモデルが同時に出てきたからです。Sol(ソル)、Terra(テラ)、Luna(ルナ)。この「3つに分かれた」という事実そのものに、私たちが働き方を考え直すヒントが詰まっています。

今日はそれを、私自身の昔話を交えながら書きます。

「一番賢いやつを使っておけばいい」が通じなくなった

3つのモデルは、優劣ではなく役割で分かれています。ざっくり言うと、Solは「コストより正しさが優先される難しい仕事」向けの最上位。Terraは前世代並みの性能を半額くらいで出す“主力”。Lunaは速さと安さが命の、大量処理向け。値段も、Solが一番高く、Lunaが一番安い。

ここで多くの人がやりがちなのが、「じゃあ一番性能の高いSolを使えばいいよね」という発想です。これが、罠です。

速さが命の場面でSolを使えば、遅くて高いだけ。逆に、正確さが命の場面でLunaを使えば、安くて速いけれど的を外す。どれを選ぶかは、モデルの偉さではなく、あなたが今から解こうとしている“課題の性質”で決まるのです。

つまりGPT-5.6は、「最強の1モデルを追いかけていればいい」という私たちの甘えを、静かに終わらせました。これからは、選択肢はどんどん増えていく。メニューが3品の食堂なら迷いませんが、100品あれば「何を頼むか」を決める力そのものが問われますよね。AIの世界は、今まさにその「100品のメニュー」になりつつあります。

25年前、私は「広告はアートじゃない」と叩き込まれた

ここで昔話をさせてください。

私はマーケティングの世界に長くいました。当時、繰り返し読んだ本の一つが、セルジオ・ジーマンの『実践 広告戦略論』(原題 The End of Advertising As We Know It)です。そこに書かれた定義が、今でも私の芯になっています。

広告とは、より多くの商品を、より多くの人に、より高い頻度で売るための「手段」であって、目的ではない。

当たり前に聞こえますか? ところが現場では、この当たり前が驚くほど守られない。広告代理店は、いつのまにか“いい広告を作ること”自体を目的にしてしまう。賞を狙い、自己満足に走る。だからこの本は言い切るのです、「広告はアートではない」と。手段が、目的の顔をして居座る——これは、あらゆる仕事で起きる倒錯です。

そして今、まったく同じことがAIで起きています。

Solだろうと、Terraだろうと、来月出る新モデルだろうと、それは全部「手段」です。目的は、あなたが出したい成果のほう。なのに多くの人が、「最新モデルを使いこなすこと」自体を目的にしてしまう。新しいのが出るたびに乗り換え、比較記事を読みふける。……これ、広告賞を狙う代理店と、まったく同じ姿です。

正しい順番はこうです。まず「何を、なぜ解きたいのか」を決める。次に、その課題は速さが要るのか、正確さが要るのか、コストの制約は——と見立てる。そこまで来て、はじめてSol・Terra・Lunaのどれを使うかが決まる。 目的が定まっていない人には、そもそも「どれが最適か」という問いすら立てられないのです。

ベンチマークの数字も、私は鵜呑みにしない

「でも、性能テストでSolが最高得点なら、Solでいいのでは?」と思うかもしれません。ここにもう一つ、落とし穴があります。

私は情報を受け取るとき、いつも大前提を一つ置いています。「すべての情報はポジショントークだ」。 発信する人は、必ず何かの立場でものを言う。私だって、レギュラスの代表として、ECコンサルとして、父親として、立場が変われば言うことが変わります。モデルの性能スコアも同じ。どの指標を、どの条件で測れば自社が良く見えるか——出す側はそれを分かって数字を並べています。嘘だという話ではありません。その数字が、あなたの現場の課題を映しているとは限らない、という話です。

私は生成AIを毎日のように使いますが、出力を100%そのまま信じたことは一度もありません。一度は受け取る。でも「本当にそうか?」と思って、実データや現場を見に行く。なぜなら、AIはデータの“中にない変数”を扱えないからです。私のいるEC業界なら、競合の動きや外部要因みたいな、その場を知る人間にしか見えない事情がある。AIは「一般的にはこうです」と生意気に言ってきますが、現場では違う、という場面が必ずあるのです。

ベンチマークの高得点も、しょせん「一般的には最強」でしかない。あなたの現場で最強かどうかを裁くのは、AIではなく、あなたです。

結局、渡してはいけないものは変わらない

私は13の会社を渡り歩いてきました。その全部の底に、ずっと同じ一本が流れていました。「自分の人生とキャリアのオーナーシップ(当事者意識)を、他人にも会社にも明け渡さない」。大切なオール(櫂)を、誰かに握らせない、ということです。

AIに対しても、私が言うことは一言も変わりません。判断のオールを、AIに渡すな。

どのモデルを使うか。その答えを「よし」とするか。それを決めるのは、最後まであなた自身の仕事です。モデルが3つに、やがて無数に分かれても——いや、分かれるからこそ、「解くべき課題を見立て、選択肢を自分の基準で裁き、最適な手段を選び取る」という、人間の側の知性がものを言う。私はこれを、診断力と評価力と呼んでいます。

ツールは誰でも学べます。差がつくのは、いつだって、ツールを選ぶ側の頭のほうです。

**私が学長を務めるHuman Intelligence Academy(HIA)**は、AIの使い方ではなく、AIを使いこなす“側”の知性——診断力・言語化力・評価力・伝達力——を12週間で鍛える研修です。モデルが何個に増えても揺るがない「目利き」を身につけたい方は、よければ一度、個別相談で話を聞かせてください。

初出:Human Intelligence Academy 公式サイト「AIが「Sol・Terra・Luna」に分かれた日 ― “最強モデル1つ”の時代を終わらせた、人間の目利き」(本noteは、その内容を学長・柴田博が一人称で書き直したものです)