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作家になる。

28年前の今日、市内の共通一次試験を受けた私は、全く呆けた、重苦しい気持ちで会場を後にした。


ものすごく寒く冷えた日で、足元から凍えそうな冷気の中で、両親が止めていた車に乗った。


試験は、全然できなかった、ということだけは感じ取っていた。

これからあちこちに赴いて2次試験を受けるのが、酷く面倒であった。


行きたくもないところにわざわざ試験なんて。。。

という想いであった。


あの日から、「真っ当な道を歩む人生」から脱落した気がする。

人生の大きな分岐点はあの日だったのだろう。

それから、毎年共通一次の今日のような時期になると、当時の芯から凍えるように寒かったこと、人生がお先真っ暗だったこと、枯れ木を眺めながら灰色の雲が広がる窓をぼんやり見つめて帰宅したことを思い出す。
そして憂鬱になる。


けれど、今日は違った。

ボロいアパートで、電気毛布の暖かさの中で目が覚めて、支度をして駅へ向かう。

太平洋側は冬でも暖かい。
昼間はコートもいらないと感じるくらいだ。


歩いている時に、「作家になろう」とふと思った。

その気持ちはずっと抱いていたけれど、公言してもいいと優しく自然に思えた。

マンション行って、掃除と洗濯、娘の靴洗いをする。

オンデマンドで「映像の世紀 バタフライエフェクト 東京の100年」をみる。

昔は古い邦画を見ても、今との接点を感じられずにいたが、いまは、「東京物語」にうちから近い堀切駅が映っていることや、吉永小百合の映画で有名な千住のお化け煙突のこと、荒川土手付近など、昔の下町の光景と今の住んでいるところが時を超えてリンクすることと、加えてその変遷をも感動する。
庵野監督の実写映画はちょうど私が主人公たちと同じ年だったから「ああいう風な空気感」だったことはわかる。

けれど私はどうしても渋谷、池袋、新宿あたりは馴染めず全然安心できない。


28年前の今日、私は絶望していた。

自分が憧れる明るい未来は、どうやら得れそうにもないということ。

学歴という選択肢から、脱落すること。

それはイコール、大手企業に入ることも難しいこと。

憧れていた東京には行けないこと。


一次試験失敗組で雪の日に補習があった。
算数のプリントも参考書もちんぷんかんぷんでやりたくなかった。

窓をみると、友人二人が音響広場でお~い、と手を振っていた。
雪の中で、やたらと小さく見えた。

私もお~いと手を振った。
けれど、頭の中は朦朧とし曖昧模糊で何も考えられなかった。
彼女たちからみた私はどんな風だったのだろう。
右後ろに気配を感じたが、誰もおらず廊下は静かで私だけであった。


今日、分かった。

この時の気配は、今日の私だったのだ。


「そんな落ち込まなくていいよ。
今は落ち込まなくていいんだよ。」


と伝えたい今日の私だったのだ。

28年後の今日、あの頃には思ってもみない穏やかな日常がある。

日本で最も愛する東京という土地に、自分が住んでいること。

それを伝えたかったのだ。


願いは叶う。


私は人生の半分生きてそう思えるようになった。

その時に願ったものとは若干異なるかもしれないが、折々に願い続けてきたビジョンは、何らかの形で、何十年後か遅れて叶う。

だとしたら、私は作家になりたい。

人生の残り半分を今までとは違った表現法での作家になりたい、と思った。

そして都内でも文京区近辺に一度住んでみたい。

この土地は、作家の街として明治から根付いてきており、時々「昔の空間」を感じる。
根岸神社の静けさはとても好きだ。


犬と猫が飼いたい。


ほわほわの長毛種の猫と、今のうちでは中型犬二匹まで飼育可なので、吠えることが少ないプードルだろうか。


随分欲張りであることは承知で、今日を明るく頼もしく過ごせたことは、過去を乗り越えた証拠だと感じた。


今日はなんだか怖いくらいに気分良く過ごせた。