AI「ケイドロですか?」私「なんで知ってるん!」……あ、自分が言ったんか。
noteの記事を書いていた時のことです。
子どもの頃の遊びについて書こうとして、名前が出てきませんでした。
遊んだことは覚えている。
でも、名前だけが出てこない。
50代の記憶は不思議です。
映像は残っているのに、題名だけ消えます。
そこで、AIに聞きました。
「僕らが小さいときにやったあの遊び、なんやったっけ?」
なんて適当で雑な質問なんでしょう。
でも答えは返ってきました。
「ケイドロですか?」
ケイドロは、警察役と泥棒役に分かれて追いかける、子どもの遊びです。
私は思わず、
「なんで知ってるん!」
と驚きました。
一瞬、AIが私の子ども時代まで知っているような気がしました。
でも、すぐに気づきました。
「あ、自分が前に書いたんか。」
AIが覚えていたわけではなかった
AIが、私の頭の中を読んだわけではありません。
以前、私がObsidianに残していたのです。
Obsidianは、メモをためて、関係するメモ同士をつなげられるアプリです。
私は、このObsidianが自分の「第二の頭脳」になるか試しています。
今回、AIはその中から、
「子どもの頃にケイドロをしていた」
という私の記録を見つけてくれました。
ただ、それだけです。
魔法ではありません。
でも、完全に忘れていた本人からすると、ほとんど魔法です。
過去の私が、今の私を助けた
第二の頭脳を作り始めた頃は、
「とりあえず記録を残しておこう」
くらいにしか考えていませんでした。
正直、何に使えるのかも、よく分かっていませんでした。
でも今回、少しだけ分かりました。
今の私は忘れている。
過去の私は書いている。
AIが、その間を探してくれる。
こう書くと、少し格好よく見えます。
でも実際に聞いたのは、
「あの遊び、なんやったっけ?」
です。
忘れないより、戻れる方がいい
これまでは、
「忘れないようにしよう」
と思っていました。
でも、50代になると、気合いだけでは追いつきません。
昨日のことすら怪しいのに、子どもの頃の遊びまで全部覚えておくのは無理があります。
だから今は、
忘れないことより、忘れても戻れること。
そちらの方が大事なのかもしれないと思っています。
AIは、何でも知っているわけではありません。
私が何も残していなければ、AIも探せません。
でも、短いメモでも残しておけば、未来の自分を助けることがあります。
この仕組みが、どこまで使えるのかはまだ分かりません。
私は先生ではなく、今も実験している途中です。
ただ今回は、過去の私が今の私を助けてくれました。
第二の頭脳。
じわじわ仕事を始めています。
