【熊本地震発生から22日目】振り返ってみて、いま思うことを書いてみました(最後に少しマーケティングの話し)。
熊本地震の発生から22日が経過しました。
当たり前のことですが、被害を受けた場所、暮らしている地域、仕事、家族の状況によって、この時間の感じ方はまったく違うのだと思います。いまも日常を取り戻せていない方がいる一方で、少しずつ以前の生活に戻りつつある地域もあります。
だからこそ、地震からまもなく1ヶ月を迎えるいま、自分が感じていることを、誰かの状況をひとくくりにすることなく書いておきたいと思いました。
地震発生直後、最初の1週間
地震発生直後、被災した地域では、まず現状を把握すること、そして水や電気など生活に欠かせないものを確保することが最優先でした。
ご存知のとおり、厳しい暑さも重なりました。
電気が使えないため、車のエアコンで暑さをしのぐ人もいて、近隣のガソリンスタンドには長い車列ができていました。私自身もその列に並び、給油するまで1時間以上待ったこと(待つしかなかったこと)を覚えています。
時間が経つにつれ被害の状況が明らかになり、全国各地から緊急物資が届き始めました。それらを「どこに、何を、どれだけ届けるのか」という段階へ移っていきました。
病院や介護施設などでは、継続的に食事や飲料水を必要としているところもありました。
災害は発生した瞬間だけではありません。
時間とともに、必要とされるものも、必要とされる場所も変わっていく。そのことを改めて感じた期間でもありました。
2週間が過ぎたころ
地震の影響が比較的小さかった地域では、被災した方々を受け入れる動きが始まりました。
二次避難先としての受け入れや、温泉・温浴施設の無料開放などです。また、被災地域の産品を他の地域で販売される取り組みも開始されました(流通も少しずつ解消されつつありました)。
「地震の影響が大きい被災した地域」と「地震の影響が少ない地域」を分けるのではなく、影響の少なかった地域が、いま何ができるのかを考え始めた時期だったように思います。
そして、3週間が過ぎようとするころ
地域によっては少しずつ普段の生活を取り戻す動きが見え始める一方、別の問題も表面化してきました。
地震の直接的な被害が比較的小さかった熊本県内の観光地でも、夏休みの宿泊予約やアクティビティの予約が数多くキャンセルされていました。
旅館、ホテル、飲食店、観光施設、体験型アクティビティ。
建物は営業できる。働く人もいる。受け入れる準備もしている。
それでも、お客様が来ない。
そんな「間接的な被災」ともいえる状況が、少しずつ見えるようになってきました。
メディアでも、観光誘客を通じて地域経済をどう立て直していくのかという話題が取り上げられるようになりました。
一方、お盆には帰省する人たちの姿も多く見られました。
そしてここ数日、九州の大動脈である九州自動車道が復旧し、福岡から鹿児島までが再び道路でつながりました(想像以上に早かったのは、工事現場の方や多くの支えてくださる方々のおかげだったのでは〜と感謝しかないです)。
かといって、まだ元通りではありません。
それでも少しずつ、人とモノが動くための線がつながり始めています。
そんな中で、今日を迎えています。
「地震後」と「地震前」が同時に存在している、気づけば、地震発生からまもなく1ヶ月です。
気づけば、あっという間の時間でした。
ただ、私自身のことを振り返ると、地震には遭遇したものの、幸いにも生活している場所の被害は比較的小さく、地震後は「普段の生活」と「普段ではない生活」が入り混じった、不思議な感覚の中にいました。
家の中でテレビをつければ、被災地の映像が流れています。
外へ出ると、いつもの景色があります。
しかし、車で1時間も走らない場所には、テレビに映っているその光景があります。
仕事や片付けのお手伝いで被災した地域の近くへ行くこともあります。
けれど、私はそこに暮らしているわけではありません。
夜になれば自宅へ戻り、いつもの場所で眠ることができます。
その距離を、どう受け止めればよいのか。
いまだに明確な答えはありません。
・ガソリンスタンドへ行けば、いつもより車が多い。
・飲食店へ行けば、お客様がいつもより少なかったり、店が閉まっていたりする。
・別のお店では、被災した地域の商品を代わりに販売している。
それを見て、自分にもできることがあるなら協力したいと思う。
地震前とまったく同じ生活ではない。
でも、すべてが変わってしまったわけでもない。
私にとってこの期間は、「地震前の世界」と「地震後の世界」が同時に存在しているような時間だったように思います(これからもしばらくは続きそうですね)。
同じ熊本にいても、皆さんが見えている景色は違う
今回の地震では、家屋が被害を受けた方、避難生活を続けている方、大切な人を亡くされた方、事業を再開できていない方など、それぞれに異なる現実があります。
一方で、被害が比較的小さく、地震前とそう変わらず日常生活を続けている人もいます。
観光に携わる人(わたしもそのひとり)。
農業や商業に携わる人。
会社員として働く人。
子どもを育てている人。
高齢の家族を支えている人。
同じ「地震から22日」という時間を過ごしていても、その間の意味は一人ひとり違います。
だから、「もう復興へ向かわなければならない」と一律に言うことにも慎重でありたいと思います。
まだ今日を乗り越えることに精一杯の人にとって、未来の話をすること自体が早すぎる場合もあるからです。
一方で、影響の比較的小さかった地域まで立ち止まり続ければ、地域経済そのものが弱ってしまう。
営業できる店が営業する。
旅行できる場所へ人が訪れる。
地震の影響が大きかった地域の商品を買う。
仕事を続ける。
それもまた、地域を支える行動なのだと思います。
どちらか一方が正しいのではないと思います。
いま必要な支援と、これから必要になる地域経済の循環を、同時に考えていく時期に入りつつあると、私はそう感じています。
地震のあった地域からのマーケティング
私は仕事で観光の事業開発やマーケティングに関わっています。
マーケティングという言葉は、ともすると「どうやって人を呼ぶか」「どうやって商品を売るか」という意味で捉えられ類ケースが多いですが、今回の話は少し視点が違います。
ちなみに、マーケティングとは、「変化対応」のこと。新卒で入社したマーケティングエージェンシーで学んだ言葉とその意味。この記事を書こうと思ったときにマーケティングの力を活かすことができないか?!と思ったところです。
いま、誰が、何を必要としているのか。
発災直後なら、水かもしれない。
電気かもしれない。
食事かもしれない。
数週間後には、安心して休める場所かもしれない。
普段の生活に戻りつつある地域の飲食店で困っていること。
地震の影響が少なかった観光地が行うこと。
などなど。
いま、その先には仕事を取り戻すこと、店にお客様が戻ること、観光客が訪れること、地域の産品が再び売れることかもしれません。
必要とされるものは、時間とともに変わります。
そして、地域によっても違います。
だからこそ、「熊本はいまこういう状況です」と一つの言葉で説明することは、日に日に難しくなっています。
被害が大きく、いまも支援を必要としている地域がある。
その一方で、通常通り営業し、むしろ来訪してもらうことが地域を支える場所もある。
必要なのは、この違いをきちんと伝えることなのではないでしょうか。
「来ないでください」と伝えるべき場所があるなら、そう伝える(すでに何度も伝えてきていますが…)。
「いま支援が必要です」という場所なら、必要な支援を具体的に伝えたい。
そして、「私たちの地域は営業しています。ぜひ来てください」と言える場所なら、それを遠慮せず伝えたい。
それぞれの地域が置かれている状況を正しく伝え、受け取った人が自分にできる行動を選べるようにしたい。
私は、そういった意味で「地震で影響のあった地域やそうでない地域からのそれぞれのマーケティング(変化対応)がある」のではないかと思っています。
元に戻すだけではなく、その先へ(行かなくては)
もちろん、地震が起きる前のほうが良かった。
これは間違いありません。
地震など起きないほうがよかった。
失われなくてよかったものが、たくさんあります。
だから、災害を前向きな言葉だけで語るには無理があります。
ただ、起きてしまったことを無かったことにはできません。
だとすれば、この状況を受け止めながら、どう共存し、どう次の社会をつくっていくのか。
地域も、企業も、そして私自身も、少しずつ変わっていく必要があるのかもしれません。
単に「元に戻す」だけではなく、今回見えた弱さや課題、人と人とのつながり、地域同士の関係をこれからに生かしていく。
言い換えれば、復旧だけではなく、自らをトランスフォーメーションしていくことも、これから必要になるのではないかと思います。
1年後、またこの続きを書けるように(なりたい)
まもなく1ヶ月を迎えます~こうして少し先のことを考え、文章を書くことができています。
それ自体が、私にとってはとても幸いなことなのだと思います。
もちろん、まだ「過去の出来事」ではありません。
3ヶ月後、半年後、1年後。
熊本の景色は、きっとまた変わっていると思います。
そのとき、「あの地震から何を学び、何を変えることができたのか」を、またこうして書くことができればと。
だからこそ、いま見えていることを忘れずに、これからの熊本を考えていきたいと思います。
(写真は、地震発生から数日後に撮った夕方の熊本城。先週再開した報道を観てホッとした自分がいました)
