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『雨上がりの夜に、いい人を少しやめる』

だらだらしている時間、…でもないね。

冬至を越えた頃から、空気が変わった気がしてる。

「いい人でいなくてもいいよね?」って、誰かに囁かれてるみたい。

だめを押したのは、昨夜の本降りの雨。

窓の外で、ザアザアと音がしていて。

そのわりに、部屋の中は妙に静か。 

ぼんやりと考えてた、こんなこと。

「やりたいこと」と「やらなくていいこと」、ずっと前から分かってたよね。

たとえば、SNS。

大して仲良くもない、ヘタすると会ったこともない人の、豪華ディナーやクリスマスケーキとシャンパンの写真を無表情で眺めながら、

「へぇ〜、リア充さん、がんばってるね〜」とか心の中でつぶやいてる自分、いますよね。

私だけ、んなはず無いよ。

そういうことにしといたほうが、無難なのかな。

「おめでとう」とか「素敵ですね!」とか毎回コメントするほど、本当は興味なんかないんだ。

でも、言っちゃうし言えてしまう。

「これくらい書いておくのが、大人の礼儀と距離感」
とか、自分で勝手にルールを作って。

ちょっと疲れて、ベッドに倒れ込んだあとに気づくの。

いい人の仮面、また一日中かぶってたな、って。

雨音を聞きながら、素直に思った。

無理してまで、つながってるふりをしなくていいや、って。

合わなくなった服みたいな関係は、クローゼットの奥に押し込んでおかずに、リサイクルショップにでも出しちゃお、って。

ブロックするとか、華々しく絶縁宣言をするとかじゃなくて。

ただ、そっと距離を置く。

自分のタイムラインを、少し静かにする。

それだけでも、心の密度って変わるんだなと
この冬、ようやく知った。


そしてもう一つ、こっそり手放したものがある。

それは、「ジャッジする自分」。

人の投稿を見ては、「これは痛い」「これは賢い」「これはダサい」って、勝手に心の中で採点していた自分。

表には出さないから、誰にもバレてないと思ってたけど。

一番傷ついていたのは、そのジャッジを一番近くで聞いていた、自分自身だったってこと。

だから、やめた。

今日からは、「そうなんだ」で止めておく練習をしてる。

いいとか悪いとか、好きとか嫌いとかの前に、
一回深呼吸して、

「ふーん、そうなんだ」って。

これが意外と、難しい。

でも、ちょっとだけ楽。


今日はクリスマスイブか。

誰かと過ごしていなくても、仕事でクタクタでも、
コンビニのショートケーキ一個だけでも。

それでもちゃんと、生き延びた自分はここにいるわけで。

今年のイブ、自分に贈るプレゼントは決めた。

「いい人を、少しだけやめる許可」

全部は無理。
急に聖人にも、悪人にもなれないので。

だけど、合わない人の投稿をミュートする。

気乗りしない誘いを、がんばって断る。

自分を責めるジャッジに気づいたら、「まあ、いっか」と笑って流す。

そんな小さな手放しを、雨上がりの夜にひとつずつ。

この冬、どんな「いい人」をやめてみたい?

期待から少し離れて、自分サイズの心で眠る夜って、
思うより、ずっとあったかい。

浄化されたみたいに軽い心で、静かな夜に沈んでいけますように。

おやすみなさい。

会いにきてくれたら、うれしいです。



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