管理職を「無理ゲー」から救い出せ!『THE21』座談会に学ぶ、働きがい改革の次の一手
『THE21 2025年7月号[日本の管理職を「無理ゲー」から救う方法]』(PHP研究所)の中で、「現役人事担当者(H氏、T氏、K氏)による覆面座談会「『人事』は無理ゲー問題に何ができるか?」」が取り扱われていました。
本座談会は、FeelWorks代表の前川孝雄氏を司会に迎え、介護業のH氏、IT企業のT氏、メーカーのK氏という3名の現役人事担当者が、現代の管理職が直面する「無理ゲー」とも言える過酷な状況について、その実態と解決策を語り合ったものです。人事担当者自身の悩みや葛藤も浮き彫りになり、多くの示唆に富む内容となっています。
私も長年人事業務に従事する者として、諸々考えさせられるところがありました。
疲弊する管理職のリアルな叫び
座談会の冒頭、メーカーで人事部長を務めるK氏から「管理職は全般的に疲弊している」という発言があり、他の参加者も深く同意するところから議論は始まります。 現代の管理職は、従来の業務に加えて、ハラスメント問題、働き方改革への対応、若手のキャリア支援といった、これまでとは質の異なる新たな役割を担わされています。 これにより、上司と部下の板挟みになりながら、増え続ける会議と残業に追われるという、まさに「無理ゲー」状態に陥っているのです。
IT企業に勤めるT氏は、自身が前職で中間管理職の「無理ゲー」に耐えかねて転職した経験を語ります。 上司からのプレッシャーと、世代間ギャップから若手に直接指導できない上司の代わりに矢面に立つ辛さは、多くの管理職が共感する悩みでしょう。介護業界のH氏も、人手不足の中で欠員が出ると管理職が現場のカバーに追われる日常を吐露しており、業界を問わず管理職が極度の負担を強いられている実態が明らかになりました。
採用と育成の終わらない課題
管理職の負担増は、採用と育成の問題と密接に絡み合っています。まず、若手社員が管理職になりたがらない傾向が顕著です。T氏は、自身も前職のトラウマからリーダー職を避けていると告白し、H氏も介護現場ではプレイヤー志向が強いと指摘します。 疲弊する上司の姿を間近で見ている若手が、その職責を引き受けたがらないのは自然な流れと言えるかもしれません。
さらに、各業界で深刻な人手不足と採用のミスマッチが起きています。IT業界では優秀なエンジニアほど独立や転職の選択肢が豊富なため、企業内にはスキルの浅いエンジニアが多くなりがちで、指導役の負担が増大しています。 メーカーのK氏の会社では、協力会社の人手不足によりメンテナンス業務を自社で引き受けざるを得なくなり、残業規制のある部下の分まで管理職が負担を背負っています。 介護業界のH氏も、採用難から「来るもの拒まず」で採用した結果、入社後に適性や協調性の問題が発覚し、教育に多大な時間を割かれるという悪循環を語っています。 これはK氏のメーカーでも同様で、「入口で気をつけよう」と思っても人手不足から採用基準を緩めざるを得ないという、堂々巡りの悩みを抱えています。
ハラスメント問題と組織のあり方
現代の管理職を悩ませる大きな要因の一つがハラスメント問題です。K氏の会社では、社内通報の内容が「そんなことで!?」と驚くような、部下側の過剰な権利意識に起因するケースが増えていると言います。 これに対し、K氏の会社では「何がハラスメントに該当するか」を管理職だけでなく部下層にも教育し、双方の認識ギャップを埋める試みを始めています。 このアプローチは、管理職を守り、勇気づける上で非常に重要であると他の参加者からも評価されました。
一方で、T氏は、個々の問題対応だけでなく、会社としての明確なビジョンの必要性を説きます。ビジョンが不明確な組織では、行動規範やルールも曖昧になり、現場で問題が多発し、その対応に管理職が追われることになります。 「上がファジーだと下はビジーになる」という前川氏の言葉通り、トップがブレない指針を示すことが、現場の混乱を防ぎ、管理職の負担を軽減する上で不可欠なのです。
処遇改善は万能薬ではない
管理職の「無理ゲー」を解決する手段として処遇改善が議論されますが、参加者はおおむね懐疑的です。K氏は、成果を出せていない管理職の給与を上げることに疑問を呈し、むしろ努力や成果に見合った処遇こそが必要だと主張します。 H氏の会社では、そもそも賃金を上げる経営的な余裕がなく、多少の手当では負担増に見合わないため、管理職の魅力向上には繋がっていないのが現実です。
T氏の会社では、フラットな組織を目指すという理由で「リーダー手当」を廃止したところ、「手当があったからやっていたのに」とリーダー層から非難が殺到したそうです。 この経験から、処遇は一定の動機づけにはなるものの、その効果は限定的であるとT氏は分析します。前川氏も心理学的な見地から、報酬の引き下げは著しくモチベーションを損なう一方、引き上げの効果は一時的ですぐに慣れてしまうと指摘しました。 結論として、金銭的なインセンティブよりも、K氏が目指すように「時間と心の余裕」を提供すること、すなわち無駄な業務の見直しの方が本質的な解決策に近いと言えそうです。
「楽」より「楽しさ」を追求する働きがい改革
業務削減の具体的な取り組みとして、T氏の会社で導入されている「会議で発言しない人は、会議メンバーから外れて良い」というルールが紹介されました。 これは罰則ではなく、各自が主体的に無駄な時間を削減し、より生産的な業務に集中することを促す優れた仕組みです。
しかし、前川氏はさらに踏み込み、単に業務を減らして「楽にする」ことよりも、管理職の「裁量を増やす」ことで仕事の「楽しさ」を感じてもらうことの方が重要だと提言します。 仕事の喜びは、自己決定できる環境でこそ生まれるからです。そのためには、経営層が「管理職の役割とは何か」を再定義し、その役割を全うするための権限と責任範囲を明確に与える必要があります。
この指摘は参加者に大きな気づきを与えます。「無理ゲーだから誰もやりたがらない」という見方は一面的であり、困難を乗り越え、チームを率いて成果を出すことにこそ、管理職の醍醐味があるのです。 調査データも、課長から部長、本部長へと昇進するにつれて「管理職になって良かった」と回答する人の割合が増えることを示しており、若手が見ているのは、経験を積む前の最も苦しい段階である課長層の姿なのです。
人事が打つべき次の一手
では、人事は具体的に何をすべきか。前川氏は、優れた管理職のロールモデルを会社として示すことを推奨します。 業績だけでなく、人を育て、良いチームを作った上司を表彰する制度を設けることで、本人のモチベーションを高めると同時に、他の社員に「ああなりたい」という目標を与えることができます。
また、管理職に対する継続的な研修の重要性も強調されました。プレイヤーとマネージャーでは求められるスキルが全く異なるため、昇格時だけでなく、マネジメントやリーダーシップに関するトレーニングを定期的に提供し、そのギャップを埋める支援が不可欠です。 座談会の最後、参加者たちは、他社の人事担当者と悩みを共有し、具体的なヒントを得られたことに感謝を述べ、前川氏は「孤軍奮闘せず、現場や経営を巻き込んでほしい」とエールを送って締めくくられました。

【私の人事としての視点】座談会の内容どう活かすか
この座談会を拝読し、生々しい共感を覚えました。介護、IT、メーカーと業界は違えど、管理職が抱える「無理ゲー」問題の根源は驚くほど共通しており、長年人事領域に従事している者として、その苦悩はよく分かります。 しかし、ただ共感するだけでは何も変わりません。この記事で得られた数々の知見を、組織をより良くするための具体的なアクションへと繋げていくことこそ、人事としての私の使命です。
まずは「現状認識の共有」から始める
最初にすべきことは、この座談会で語られている問題を「我が事」として経営層や現場の管理職と共有することです。とかく人事は、経営と現場の板挟みになりがちですが、この座談会は、双方を巻き込むための強力な「共通言語」となり得ます。
「管理職の疲弊は、個人の能力や意欲の問題ではなく、構造的な課題である」という前提を、経営会議で提示します。特に、「上がファジーだと下はビジーになる」 という前川氏の言葉は、経営トップに自社のビジョンや方針が現場に明確に伝わっているかを自問させる、鋭い問いかけになるはずです。同時に、管理職を集めたワークショップを開催し、この記事を題材に匿名で自社の「無理ゲー」な点を洗い出してもらうことも有効でしょう。H氏の言う「人事はあなたの苦境に気づいて手を打っています」 というメッセージを発信し、対話の第一歩を踏み出します。
管理職の「内向き業務」を徹底的に削減する
管理職が疲弊する最大の原因は、顧客や社会への価値貢献に直結しない「内向きの業務」に忙殺されている点にあります。前川氏が図で示した「ブルシット(意味のない仕事)」 と「管理・事務業務」 を、全社的に削減するプロジェクトを人事主導で立ち上げたいと考えます。
具体的には、T氏の会社が実践する「発言しないなら会議に出なくて良い」というルール は、すぐにでも導入を検討したい施策です。形骸化した定例会議や、報告のためだけの報告資料作成など、慣習的に続いている業務を一つひとつ棚卸しします。「その会議、本当に必要ですか?」「その資料、誰のどんな意思決定に使われるのですか?」という問いを、人事から各部署に投げかけていきます。これは単なる業務効率化ではありません。管理職が本来の役割である「人を育て活かす」 という本質的な業務に集中するための時間を創出する、極めて重要な戦略です。
「楽」より「楽しさ」を創出する人事制度改革
業務削減と並行して、管理職の「働きがい」そのものを高める施策に注力します。座談会での議論は、「処遇改善の効果は限定的」 であり、重要なのは「裁量」 であることを明確に示してくれました。この「楽より楽しさへ」 というパラダイムシフトを、人事制度に組み込んでいく必要があります。
第一に、「管理職の役割の再定義」です。経営陣と連携し、自社における管理職の役割を「業績目標の達成責任者」から「チームのパフォーマンスとメンバーの成長を最大化する支援者」へと再定義します。
第二に、その新しい役割定義に基づいた「評価制度の見直し」です。短期的な業績だけでなく、部下の育成、エンゲージメント向上、チーム内のナレッジ共有といった、K氏が醍醐味を感じるような「部下に『あなたと働けて嬉しい』と言われる」 類の、長期的な組織貢献を評価する指標を導入します。360度評価なども活用し、多角的にマネジメントの質を可視化する仕組みを構築します。
第三に、「権限移譲の推進」です。新しい役割と評価制度に合わせ、予算や人員配置に関する裁量を現場の管理職に大胆に移譲します。もちろん、責任もセットになりますが、自己決定の余地が広がることで、管理職はやらされ仕事から脱却し、自律的なリーダーへと変貌していくはずです。
次世代リーダーを惹きつける「物語」を創る
若手が管理職になりたがらないのは、その仕事の「苦労」ばかりが見えて、「醍醐味」が見えていないからです。 人事として、管理職という仕事の魅力を伝える「物語」を社内に発信していく責務があります。
そのための最も効果的な手段が、前川氏が提案する「ロールモデルの提示」 です。例えば、「マネージャー・オブ・ザ・イヤー」のような表彰制度を新設します。単に業績が良いだけでなく、素晴らしいチームを作り、部下を成長させた管理職を全社員の前で表彰し、その人のフィロソフィーや具体的な取り組みを社内報やイントラネットで大々的に特集するのです。成功体験を共有することで、他の管理職の学びになるだけでなく、若手社員に対して「あの人のようになりたい」「管理職の仕事には、こんなに大きなやりがいがあるのか」というポジティブな憧れを醸成することができます。

また、管理職研修も、昇格時の事務的な手続き説明に終始するのではなく、 継続的にリーダーシップやコーチングを学ぶ場として再構築します。特に、プレイヤーからマネージャーへの移行期にある新任管理職には、ロールモデルとなる先輩管理職とのメンタリングの機会を設けるなど、手厚いサポートを提供します。
座談会の最後に前川氏が述べたように、人事もまた孤軍奮闘すべきではないでしょう。 現場の管理職の声を丁寧に拾い上げ、経営を動かし、時には外部の知見も借りながら、粘り強く改革を進めていく。この座談会は、その覚悟を新たにさせてくれる、貴重な学びの機会となりました。できることから、一つずつ着実に実行に移していきたいと強く思います。

人事担当者同士の真剣な座談風景です。中央には女性がノートパソコンを前に身振りを交えて発言しており、対話をリードしています。その両脇には、男性2名。左の男性は資料を手にしながら相槌を打つように静かに話を聞き、右の男性は口元に手を当てて深く思索する様子を見せています。いずれもスーツ姿で端正な表情を浮かべており、ビジネスに対する真摯な姿勢が伝わってきます。
現代の日本における管理職や人事担当者が直面している問題の深刻さと、それに真摯に向き合おうとする姿勢を象徴的に表しています。
また、女性が議論を主導するポジションにあることは、職場における多様性やリーダーシップの変化を象徴しており、「無理ゲー」と言われる管理職の苦境に対し、人事がどのように現実的な変革の糸口を探しているのか、その真剣な取り組みを視覚的に訴えかけています。「人を活かす職場づくり」へのヒントとなっています。
