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【書籍】心理的安全性を土台にメンバー全員を主役化する:「シェアド・リーダーシップ」を組織に実装するための人事戦略とは

 中原淳氏、堀尾志保氏共著の『リーダーシップ・シフト 全員活躍チームをつくるシェアド・リーダーシップ』(日本能率協会マネジメントセンター、2024年)を拝読しました。

 本書は、現代の複雑なビジネス環境において、従来の「一人の強力なリーダーがチームを牽引する」というリーダーシップモデルが限界を迎えていると指摘し、その解決策として「シェアド・リーダーシップ」という新たなチームのあり方を提唱しています。シェアド・リーダーシップとは、マネジャーだけでなく、チームメンバー全員がそれぞれの強みを活かしてリーダーシップを発揮し、目標達成に向けて協働する「全員活躍チーム」の状態を指します。本書では、数々の研究データや先進企業の事例を基に、シェアド・リーダーシップの理論的背景とその具体的な実践方法を、5つのステップで分かりやすく解説しています。

現代のマネジャーを取り巻く「5つの変化」とリーダーシップの限界

 本書の冒頭では、なぜ今、従来のリーダーシップが機能しづらくなっているのか、その背景にある5つの大きな環境変化(5大変化)が提示されます。

  1. 複雑化: DXの進展や競争の激化により、前例踏襲では対応できない新しい課題が急増しています。マネジャー一人の知識や経験だけでは解決策を見いだすことが困難になっています。

  2. 少数化: 生産年齢人口の減少により、多くの企業が人手不足に直面しています。少ない人数で高い成果を出すためには、抜本的な業務プロセスの見直しが不可欠であり、多様な知見の結集が求められます。

  3. 多様化: 中途採用、外国人、女性社員の増加など、職場のメンバーのバックグラウンドは多様化しています。これにより、マネジャーよりも専門的な知識やスキルを持つ部下がいることも珍しくなくなり、マネジャーが常に「最も」物知りであるとは限らなくなりました。

  4. 分散化: テレワークの普及により、メンバーが物理的に離れた場所で働くようになりました。これにより、マネジャーがチーム全体を把握し、求心力を維持することが難しくなっています。

  5. 多忙化: プレイヤー業務との兼務に加え、複数のチームを兼任するマネジャーが増えるなど、マネジャー自身の負担とストレスは増大の一途をたどっています。

 これらの「5大変化」により、リーダーシップを発揮すべき場面の「質」と「量」が共に増大し、マネジャー一人がその全てを担うことは、もはや「無理ゲー」に近い状況になっているのです。この現状認識こそが、リーダーシップのあり方を根本から変える、つまり「リーダーシップ・シフト」が必要な理由であると本書は説きます。

「シェアド・リーダーシップ」とは何か

 本書が提唱する「シェアド・リーダーシップ」は、「集団の共通目標の達成に向けて発揮される影響力のプロセス」と定義されるリーダーシップを、役職者一人が独占するのではなく、チームメンバー全員で「共有」し「分かち合う」状態を指します。

 これは、船頭が多くて船が山に登るような無秩序な状態を意味するわけではありません。明確な目標を共有した上で、メンバーがそれぞれの専門性や強みを活かし、必要に応じてリーダー役とフォロワー役を柔軟に入れ替えながら、チーム全体として最適なパフォーマンスを発揮することを目指すものです。

 研究によれば、シェアド・リーダーシップが実現しているチームは、①業績の向上②イノベーションの創出③チームメンバーの満足度向上④リーダー(マネジャー)への評価向上、そして⑤テレワーク環境下での求心力維持など、多くのメリットをもたらすことが科学的に実証されています。特に、仕事の複雑性や不確実性が高い職場、メンバーの多様性が進んでいる職場において、その効果はさらに高まることが示されています。

全員活躍チームを実現する「5つのSTEP」

 本書の核心部分は、シェアド・リーダーシップな「全員活躍チーム」をいかにして作り上げるか、その具体的なプロセスを5つのステップで示した「シェアド・リーダーシップ5STEPモデル」です。これは、著者が日本のイノベーティブ企業で成果を上げているマネジャーへのインタビュー調査から導き出した実践的なモデルです。

  • STEP1:イメトレしてはじめる
     チーム活動をいきなり始めるのではなく、まずはマネジャー自身が「少し未来の事業・仕事」「チームメンバー像」「自分自身のあり方」を具体的にイメージトレーニング(イメトレ)することから始めます。自分が本当に実現したいチームの姿を鮮明に描くことが、全ての行動の起点となります。

  • STEP2:安心安全をつくる
     メンバーが萎縮せず、自由に意見を言える「心理的安全性の高い場」を構築します。圧で人を動かすのではなく、マネジャーが率先して「チームで大事にしたいこと」を明言し、全員が発言できる機会を作り、1on1などを通じて一人ひとりの想いを丁寧に引き出すことが重要です。

  • STEP3:ともに方針を描く
     チームの方針をマネジャーが一方的に「上から下ろす」のではなく、メンバーと対話しながら「ともに方針を描く」プロセスを重視します。マネジャーが5~6割程度の「仮案」を提示し、メンバーとの対話を通じて共通認識を深め、全員が納得できる方針へと磨き上げていきます。

  • STEP4:全員を主役化する
     特定のエース社員に頼るのではなく、「全員を主役化する」ことを目指します。メンバー一人ひとりの多様な「強み」に着目して仕事をアサインし、その仕事の意義を丁寧に伝えます。そして、メンバーの背中を押して表舞台に上げ、活動を演出し、活躍にスポットライトを当てることで、全員の主役意識を醸成します。

  • STEP5:境界を揺さぶる
     チーム内の連携や相互刺激をさらに促進するため、意図的に様々な「境界」を揺さぶります。「チーム学習」で専門性の境界を、「知と活動の見える化」で担当の境界を、「チーム・リフレクション」で行動の境界を、「他流試合」でチームそのものの境界を揺さぶることで、硬直化を防ぎ、ダイナミックなチームへと進化させます。

 本書は、マネジャーがこれらのステップを順に実践し、自らのリーダーシップのあり方を「シフト」させることで、チームもまた「全員活躍チーム」へとシフトしていくと結論づけています。それは、マネジャーの負担を軽減するだけでなく、メンバーの成長を促し、最終的には組織全体の力を最大化する、未来志向のリーダーシップの実践法なのです。

企業人事の視点から本書をどう活かすか

 本書は、現場のマネジャーに向けた実践的な指南書であると同時に、企業の組織開発や人材育成を担う人事部門にとって、非常に多くの示唆を与えてくれる一冊です。従来の画一的なリーダー像を前提とした育成体系や組織運営のあり方を見直す、大きなきっかけとなり得ます。企業人事として、本書の知見をどのように活用できるか、いくつかの視点から考察します。

1. 管理職研修のパラダイムシフト

 多くの企業で実施されている管理職研修は、今なお「強力なリーダーが部下を管理・牽引する」というモデルに基づいているケースが少なくありません。しかし、本書が示す「5大変化」を踏まえれば、こうした研修がもはや現場の実態と乖離し始めていることは明らかです。

 人事部門は、本書で提示された「シェアド・リーダーシップ5STEPモデル」を、新しい管理職研修のフレームワークとして導入することを検討すべきです。例えば、以下のようなコンテンツが考えられます。

  • 意識改革の導入セッション: なぜ今リーダーシップ・シフトが必要なのかを、自社のビジネス環境や組織課題と紐づけて解説し、マネジャー自身の固定観念を揺さぶります。

  • STEP1「イメトレ」ワークショップ: 担当チームの未来を描くビジョニングのワークショップを実施し、マネジャーが自身の役割を再定義する機会を提供します。

  • STEP2「心理的安全性」の実践トレーニング: 心理的安全性を測定するアセスメントを導入し、自チームの状態を客観的に把握させます。その上で、傾聴やファシリテーション、1on1のロールプレイングなどを通じて、安心安全な場をつくる具体的なスキルを習得させます。

  • STEP3「ともに方針を描く」シミュレーション: 架空の、あるいは実際のチーム課題をテーマに、メンバー(役の他の参加者)と対話しながら方針を策定するシミュレーションを行い、合意形成のプロセスを体得させます。

 このように、研修内容を「教える・管理する」スキルの伝達から、「引き出す・支援する・場をつくる」ための行動変容へとシフトさせることが急務です。

2. 次世代リーダー育成とタレントマネジメントの再定義

 シェアド・リーダーシップの考え方は、「リーダーは役職者だけではない」という重要なメッセージを含んでいます。これは、人事部門の次世代リーダー育成やタレントマネジメントのあり方にも大きな影響を与えます。

 従来、リーダー候補といえば、一部の優秀なハイパフォーマーを選抜し、集中的に育成するアプローチが主流でした。しかし、これからは**「全ての社員がリーダーシップを発揮するポテンシャルを持つ」**という前提に立ち、育成の対象を広げることが重要になります。

 具体的には、非役職者向けのリーダーシップ開発プログラムを拡充することが考えられます。本書でも言及されている「リーダーと呼ばれないリーダー」が持つ特徴(理想表現、課題探究、信頼構築、連携開拓など)は、若手・中堅社員が自身のキャリアを考える上での重要な指針となります。部門横断プロジェクトや社内公募制度を活性化させ、役職に関わらずリーダーシップを発揮できる機会を意図的に創出することも、人事の重要な役割となるでしょう。

 また、タレントマネジメントにおいても、画一的な「リーダー像」を追い求めるのではなく、多様な強みを持つ人材が、それぞれの形でリーダーシップを発揮できる道筋を示すことが求められます。評価や配置において、「この人材はどの分野でリーダーシップを発揮できるか」という視点を持つことで、組織全体の適材適所が促進され、結果的にシェアド・リーダーシップが生まれやすい土壌が育まれます。

3. 組織風土改革とエンゲージメント向上への応用

 シェアド・リーダーシップは、個々のマネジャーの努力だけで組織に定着するものではありません。その根底にある「心理的安全性」や「オープンな対話」は、組織全体の風土として醸成されていく必要があります。

 人事部門は、全社的な組織風土改革のドライバーとして、本書のコンセプトを活用できます。まず、エンゲージメントサーベイやパルスサーベイに「心理的安全性」に関する項目を加え、組織の状態を継続的にモニタリングすることが第一歩です。その結果を経営層や各部門にフィードバックし、全社的な課題として認識を共有します。

 そして、経営トップから「シェアド・リーダーシップ(あるいは全員活躍)」を是とする明確なメッセージを発信してもらうことも極めて重要です。さらに、社内報やイントラネットで、シェアド・リーダーシップを実践しているチームを「ロールモデル」として紹介し、成功事例を横展開していくことで、変革の機運を組織全体に広げていくことができます。

 こうした取り組みは、社員一人ひとりが「自分もこの組織の主役である」という当事者意識を持つことにつながり、従業員エンゲージメントの向上にも大きく寄与するはずです。

4. 人事制度との連動による行動の定着化

 研修や風土改革の取り組みを実効性のあるものにするためには、人事制度との連動が不可欠です。行動は、評価され、報われることで定着します。

 例えば、目標管理制度(MBO)やコンピテンシー評価において、個人の業績目標だけでなく、「チームの心理的安全性向上への貢献」「他メンバーのリーダーシップを引き出す支援行動」「部門を超えた連携の創出」といった、シェアド・リーダーシップに関連する行動を評価項目として組み込むことが考えられます。

 これにより、マネジャーは短期的な業績達成だけでなく、長期的な視点でのチームづくりにもインセンティブを持つようになります。また、メンバーも、自分の担当業務をこなすだけでなく、チーム全体への貢献を意識するようになり、自発的なリーダーシップ行動が促されるでしょう。

 人事部門が本書から学ぶべき最も重要なことは、リーダーシップを一部の人間の「資質」の問題として捉えるのではなく、誰もが発揮しうる「行動」であり、組織的な「状態」としてデザインできる、という視点です。この視点に立ち、研修、育成、風土、制度といった人事のあらゆる機能を連携させながら、自社に「全員活躍チーム」が生まれる生態系を戦略的に構築していくこと。それこそが、これからの人事部門に課せられた大きな使命であるといえます。


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